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11月22日の思い出

今日は11月22日、いい夫婦の日だ。
これは、わたしが小学生の頃の11月22日の思い出の話。

***

当時両親は共働きで、わたしと弟はいわゆる鍵っ子だった。
宿題も終えソファに寝転んで本を読んでいた午後6時頃、ガチャリと玄関の鍵の開く音がした。
ただいま〜という声と共に、父がリビングに入ってきた。
いつもより1時間も早く帰宅した父は、何やら綺麗に包装されたビンを抱えていた。

「そのビン何なん?」

と聞くと、父はこう答えた。

「これはボジョレーっていうお酒だよ。
今日はいい夫婦の日だからお母さんにプレゼントするんだよ。」

そしてそのビンを、冷蔵庫の奥へ丁寧に隠しはじめた。

「彼方ちゃん、これは秘密のプレゼントだから、お母さんが見つけないように見張っといてくれる?
お父さんはリュウの散歩行かないとだから。」

そう言うと父は、いつもよりなんだか軽やかな足取りで、弟と飼い犬を連れて散歩に出かけて行った。

***

残されたわたしは冷蔵庫の扉を眺めながら、父に託された任務を反芻していた。

(とにかく、お母さんが冷蔵庫を開けないようにしなきゃ。)

しばらくして、玄関からまたガチャリと鍵の開く音がした。

(お母さんだ!)

ただいまと言いながら玄関で靴を脱いでいる母の元へ駆け寄る。

「お母さんおかえ…」

と言いかけて、わたしは言葉を失った。
玄関に立つ母は、右手にスーパーの買い物袋、そして左手にはさっき父が抱えていたものと同じ包装紙に包まれたビンを持っていたのだ。

「…お母さん、そのビン何なん…?」

「あ、これね〜!
お父さんにプレゼントするために買ったんよ。」

***

そこからは、大体想像の通りである。
予想外の事態に動揺したわたしは結局何もすることができず、母は冷蔵庫を開けてしまった。
そしてそこに自分が買ったものと同じビンがあることに気付き、わたしにこれは何かと尋ねてきた。
が、わたしは何も答えることができず、立ったままワンワンと泣き出してしまったのだった。

父に託された任務を果たせなくて泣いている娘と、娘が急に泣き出して困惑する母。
そこへ父らが帰宅した。
泣く娘、困惑する母、そしてダイニングテーブルに置かれた2本のビンを見て、父は全てを理解したようだった。
そして笑いをこらえながら母に事の顛末を話す。
大笑いしながらなぐさめてくる父と母に囲まれて、わたしは更にワンワンと泣き続けた。

その夜、両親は二人でワイン2本をすっかり開けたようだった。

***

毎年11月22日になると、この出来事を思い出す。
そして当時と同じ悲しいような恥ずかしいような嬉しいような気持ちになるのだった。

***

相手を喜ばせたくて、サプライズでプレゼントを買ってくる両親。
二人とも定年退職してから、元々仲良しだったのが更に仲良しになった両親。
彼らを”いい夫婦”と言わずして、何と言えようか。

今年も父と母は、二人でワインを飲むのだろう。
どうかこれからもずっと、父と母の楽しい日々が続きますように。

いい夫婦の日、おめでとう。


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