【上演台本/リーディング】シャープ
2007年@こえとことばとこころの部屋<ココルーム>にて。
詩人やラッパー、俳優や学者などが、地元の方々にインタビューし、これまでの人生のお話を聞きとり、それを元にテキストをつくって朗読するというライブイベントに参加しました。
私は、1932年大阪・阿倍野生まれの社会学者の女性を取材しました。現役の研究者でありアクティビストでいらっしゃいました。
ご本人に向けた手紙が残っていました。
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こんにちわ。
むし暑い日が続きますがその後お元気でいらっしゃいますか。先日はお忙しい中、ありがとうございました。
さて、
細かい部分はぎりぎりまで推敲を重ねることになりそうですが、なんとか大筋の原稿を仕上げてみました。
私が感じた先生の印象「シャープ」を主人公の名前にしました。忘れられない先生のお言葉と、私の創作部分が、一体になっています。
事実と違う点が多々あることをお許しいただければ幸いです。
朗読して耳で聞いてもらうため、勢いやテンポを大事に言葉を選んでいるので読みづらい箇所も多いかと思いますが、お目とおしをよろしくお願いいたします。
また、不適切だと誤解を招きそうな言葉を使っている点は、先生のご発言ではなく、私の表現上の意思であることを、パンフレットなどに明記が必要であればご指示くださいませ。
なお、本文は印刷物にはならず、朗読ライブでの発表のみになります。
(幻のようですね)
創作とはいえ、やはりお名前を出して「N先生のお話を聞いて」ということになりますので、気になる点は遠慮なくご指摘ください。
どうぞよろしくおねがいいたします。
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シャープ
シャープ
シャープ
阿倍野に
シャープ
すえおそろしいと
街の噂
シャープの住みかは桃ヶ池。早春には薄いのや濃いのや赤いのやら黒いのまで、いろんな桃色の桃の花が咲きまくるっていうピンク色の池のほとり。
シャープはワンピースを着ているけれど自分のことを僕と呼ぶ、女の子でも男の子でもない女の子だ。
荷馬車の馬が垂れた糞の匂いの街の中、足のつかない26インチの自転車を乗り回し、トンボをイツ指の間に4匹挟んで卑怯者には石を。職員室に燦然と積み上げられた天皇の奥さんから配給されたシャケ缶と半ポンドのバターとほたるの墓のアメリカヒジキを、少しづつバレないようにくすねやがった先公に級長のゲロを。ガラス工場のドアの影から毎日毎日飽きもせずに見ていたのはシャボン玉みたいにぷーっと膨らむ吹きガラス。今日もぷーっと膨らんだ。
地下鉄御堂筋線を天王寺から南へふた駅、西田辺で降りて交差点に立ち、見渡せば、キリリとして胸のすくシャープのやりたい放題を讃える赤い文字看板が見えます。SHARP。ある時、あんまりお腹が空いたので阿倍野図書館の本を1冊残らず食べてしまいました。
そんなシャープの弱点はにんにくで、ガーリックガールとしょうゆガールは教室でお隣同士。毎日午後の授業が始まると、少女の息からふんわりと凶暴な匂いが漂って、糸のように細—くなったシャープの目から、しょうゆの匂いがしたかどうかはわかりません。大空襲の3月に校庭いっぱいに焼けだされた人々と、どさくさ祝った卒業式に日の丸。万歳三唱 3べん廻ってワン。
なんで私そんな都落ちして中学のセンセにならんなんの? 博士にでもなったろか。オンナはようやく選挙権を得たか否かの時代に、これがどれほど不敵な態度であったかを想像するのはめっちゃ楽しい。
そんな頃。シャープは、とある海辺の村を訪れました。毎日かよって質問攻めです。夕べ何食べましたかそうめん汁て何ですか三つメシてなんですか米麦さつまいもそうですか。鍋釜いくつありますか。塩ありますかしょうゆありますか砂糖はありますか味噌はどうですか酢はどうですか。ありませんかそうですか。
臭い言われてガッコをやめた若い女は字が読めん、赤線出戻り やり手ばばあ、娘3人産んだら蔵が建つとはありがたや。芋炊いたから皮食べてんか、ちょっと厚めに剥いといた。やさしい村から出られません。出られません。あなたを待てば雨が降る、濡れて来ぬかと気にかかる。医者とテレビはなんで来ん、わたし来たとてはじまらん。医者もテレビも来ぬのなら、わたし見たこと言いふらす。わたし見たこと言いふらす。わたし見たこと言いふらす。はーあ、よいよい。 有楽町で会いましょう。飲めや歌えの酒盛りで、明るいからこそかなしいと、苦しいからこそやさしいと、シャープは大人になりました。
いつの間にかみんなセンセセンセと呼んでくれはりますけど、よう言わんわ。歌は星に聞いてくださいな、道はオクラに聞いてくださいな、理屈はとんぼに聞いてくださいな。説教するのは大嫌い。すかしたヤツも大嫌い。弁解するやつ、ごまかすやつ、あやまらんお前には、疎開の寺で拾った腐った銀杏を投げるのはもったいない。
1932年生まれ。いまだすえおそろしいと街で噂のシャープ博士はいつしか垂直の崖の上に立っていました。遠くに白い雪を被ったモンブランが見渡せます。遥か下にはシャモニーの街。皮のベルトを 腰にも肩にもしっかりと装着し、ヘルメットをつけて準備完了。インストラクターが叫びました。「なせばなるなさねばならぬなにごとも!」ガッツだ、シャープ!走れ、シャープ!
パラシュートが風を孕み、夢中で走っていたはずの足の裏が地面から離れると、そのままふんわりと空中に浮かびました。
ああ、 モンブランが食べたい。
ほのかにラム酒の効いたなめらかなマロンクリームがくるくる盛り上がって高くとんがって、中には雪のように真っ白な甘い生クリームがたっぷりで。離ればなれに疎開している弟からアルプスの空へハガキが届く。はらへった。はらへったわ。ねえちゃんとこおやつあるんか? なせばなるなさねばならぬ、はらぺこシャープの走馬燈。理屈はトンボに聞いてくださいな。
やがてゆっくりと旋回しながら降りてきたのは大阪府大阪市阿倍野区桃ヶ池。深緑色の水面にどかどか着地した。キーンと耳が痛い。
素敵な人やゆうてくれはる方がいやはります。あほらし、よう言わんわ。
(終)
*ちなみに大阪阿倍野には長らくシャープ(株)本社ビルがありました。関係ないんですけど。
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