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【上演台本/一人芝居】走る女

女、舞台中央で、おかしなフォームで走っている/フォームはコミカルだが見ようによってはダンスのよう/ほぼ飛び上がらずしんどくない方法のマイムをあみだす/普段着である スポーツウェアではない/走りながら、たんたんと話し出す/走るリズムや、体調にあわせて、文節など、どこで切ってもよい/聞き取りにくくてもよい/全編、走っている
      

 大昔の恋人。恋人じゃないか、憧れの人。その人の走り方をまねしてたら、そのままとれなくなってしまった。その人はいつも楽しそうに走っていた。こんなかんじで(輝く笑顔)。何を考えているのかよくわからなかった。だから、こうやって同じように走ってみたら、その人の気持ちがわかるような気がして、ちょっとでも近づけるような気がして。思いきってやってみたら、その人になれたような気がして、切なくて、うれしくて、幸せになれた。細くて小柄な人で、私もちびでやせてたから、一緒だったのに、その人は自分よりも背の高い人が好きと言って、私はふられてしまった。もう、顔も忘れてしまったほど昔のこと。今は、誰かを吐きそうなほど好きだった記憶と、この走り方だけが残っている。だから、ひょっとしていつか誰かが、私のこと、走り方が移るくらい好きになってくれたら、このプリティな走り方が、未来へ受け継がれていく。そして、その誰かを好きになった誰かも、そのまた誰かを好きになった誰かも、そのまた誰かを好きになった誰かも、みんなみんな、こうやって走るんだわ。愛の力で。無駄ですか? それは無駄ですか? この走り方は無駄ですか? 愛は無駄ですか?

 さあ、読もう。看板を。さあ、言おう。声に出して。見えるもの全てだ。片山歯科、居酒屋とも、ECCジュニア、中華料理北極、パーキング、IN、642ー0358、642ー0358! いったい! いつの! 電話番号! みのり不動産! 谷山書店! ファミリーマート! 酒! たばこ! ヤマモトメガネ! パッパヤパパ、パッパヤパパ パヤパヤパパヤ〜 音楽が浮かびました。パッパヤパッパッ 息が白い。パヤパッパッパッ 息が白い。パッパヤッパッ メロディが見えるようです。

 それにしても、こんな特殊な走り方をしているというのに、みんな普通に通り過ぎていく。時には、黙って道をあけるようにして、ほら、あのおじさんは見てはいけないものを見るような目で、でもすごく見てる。
もう 電柱を3本こえたら止まろう。電柱! 電柱! ない。じゃあ地下鉄にしよう。今度、地下鉄のマークを見つけたら乗ってしまおう。マーク! マーク! マーク! わからない ああ もう これ以上 走り続けるなんて。できない。

 息を整える。 う。嫌なことを思い出した。トイレのドアを開けられたんだ。ちゃんとカギ閉めたのに。わたし絶対ちゃんと、カギ閉めたのに。なんで? だれ、私のお尻見たの、だれ。
 
 誰かとつきあっても、走る勇気がなくて、いつも一回も走らないで別れてた。ある時、酔っぱらってつまづいた彼氏に思わず駆け寄ったら、おばけでも見たみたいにへっぴり腰で逃げ出して、それっきり二度と電話に出なかった。笑ってよ。せめて笑ってよ。いくじなし。うそつき。弱虫。卑怯者。小心者。薄情者。ばか。くず、人間のくず。だけど、やさしかったのにと思うと、かなしかった。誰かに、この走り方を移したくて、走っている。どんな気持ちで走っているのか、知りたいと思ってほしくて、走っている。普通の愛ではいやです。同じ、こういう体になってしまうくらいの愛じゃないとだめです。そして、私はいつしか、娼婦になりました。娼婦じゃないか。反対か。私がお金を払って愛を買うから、娼婦の反対か。フショウ・・・ 

いっそお金の力でならどうですか。あなただったら、いくらもらったら一生こんな体になってもいいですか? 100万円くらいですか。一億円ですか。いくらもらっても、やっぱりいやですか。そんなに困らないです。大人になったら、めったに走ることはないからです。ほんとです。ほとんど走らなくても生きていけます。でも私、そんなお金持ってない。だから1万円払って一晩だけ、同じ走り方してください。今度、街で私が走ってたら、気軽に声をかけてください。こわくないです。楽しいです。私、教えます。すぐ覚えられるから。この走り方。
午前三時のビジネスホテル。壁にかかった白い額縁の中の草の絵がやや左に傾いた。じゃあ、今からやってみるね。「右足後ろにけって、左足も・・・(動きを解説する)」いちに、いちに! 走ろ。朝まで。ごめん。たぶん、そのままとれなくなると、思うけど。愛は、罪ですか。


(終)


作・出演:緑ファンタ 演出:淀川フーヨーハイ 
2004年11月25日〜28日@アートギャラリー・フジハラ 大阪 
2005年12月8日〜10日@D&DEPARTMENT PROJECT TOKYO 
ともに「満員劇場御礼座」公演にて上演しました


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