勉強としての演奏会の鑑賞
演奏会に出向き生の音を聞くことはとても重要である。CDやYouTubeでは得られない感触を生の演奏会で経験してほしい。演奏会は楽しめればいいものではあるが、自分達が演奏会を開いて人をもてなすのであれば、他人の演奏会は勉強の場でもある。熱心な音大生がポケットスコアを持って演奏会にきていることもある。アマチュアの初心者がそこまでする必要は全くないが、時には偵察のつもりで聞きに行くのもいいことだと思っている。楽しむのが目的なら何も前情報は必要なく単純に行って楽しめばいい。勉強のつもりでいくなら、ある程度観察すべきポイントを前もって知っておいた方が収穫は多くなる。
まず、演奏会は入場前から退場後までが「会」であると思ってもらいたい。そして、ステージは見るものであると思ってもらいたい。演奏会は決して音を聞くだけの場所ではない。クラシックの演奏会はフォーマルな空間と時間を提供する場である。そのため、各ホールともにエントランスから非日常的なインテリアとなっている。そして舞台上では、普段着ではなく正装した人たちが演奏するのである。演奏会というのはそういう場所である。
演奏会を見に行くには、まずは服選びから始まる。着飾っていかなければならない義務は全くないが、着飾っていった方が気分が上がる人も多いだろう。基本的にはどんな服でも構わない。あまりに露出の多い服、ジャージ、汚らしい服は、場の雰囲気を乱すことになるのでやめた方がいい。パンフレットをもらうことが多いのでパンフレットを持ち帰れるような鞄があるといい。
会場には遅くても開演時刻の10分前には着いておくべきである。受付が混んでいて客席までなかなかたどり着かないこともある。受付ではチケットの半券を切り取る「もぎり(チケットテイク)」があったりQRコードで入場管理をしていたりする。入場無料でチケットがない場合もある。チケットを事前に入手していなければ当日券を購入することもあるし、団員から「置きチケット」として受付にチケットが置いてあることもある。置きチケットの場合、自分の名前を名乗ればチケットをもらえる。チケットの取り扱いは団の方針ではあるが、お客さんの年齢層や雰囲気に合っているかを見るのがポイントである。高齢者が多い演奏会でQRコードのチケット制とするのはナンセンスであるし、客席数に対して観客動員数が少ない場合は指定席制の意味がなくなる。受付でパンフレットをもらえることが多いが、子供も含め全員がもらえるのか、人家族一部となっているのか、団によって異なる。
受付通過後は、指定席制であれば、その席を探す必要があるし、自由席制なら空いている席を探す必要がある。予鈴が5分前になることが多いので、その時に座っていられるようにしたい。もし早めにつくことができたら、パンフレットを見ているといい。曲の解説や演奏の見どころが書かれていることが多い。遅刻してしまった場合、曲の演奏中は客席扉を開けてはいけない。チューニング中や指揮者が入場するまでの間は客席に入れる。その後は、曲と曲の間に入るようにする。
会場のエントランスについたら、お客さんの行列の仕方、受付の対応も勉強のために観察してもらいたい。人気の演奏会なら会場時刻には数百人が行列している。早い人は会場時刻の1時間以上前から並んでいる。指定席制の場合そこまで早い時間にお客さんは来ないが、自由席制の場合、いい席に座るためにお客さんの出足が早くなる。その行列をどのように並べているのかも観察事項である。全く整理係がいなくお客さんが並んでいないこともあるし、適切な人数の整理係がいてきれいに並んでいることもある。指定席制ならきれいに並んでなくても問題ないが、自由席制の場合は到着準に並ぶように整理しなければならない。会場時刻ぴったりに受付ゲートが開くのか、遅れや繰り上げがあるのか、などもその演奏会の主催者の力量が関わってくる。開場時刻前に何列で整列していて、受付ゲートが何レーンあるかも観察のポイントである。スムーズにもぎりをするためにはそのレーン数の関係がポイントとなるからである。そして、受付ゲートが開いた後、どのくらいの時間で行列を捌けるのかもチェックポイントである。チケットがある場合、受付を通過する時にチケットを渡しパンフレットをもらう。パンフレットが有料の演奏会もある。
受付の雰囲気は千差万別である。フォーマルな雰囲気からフレンドリーなところまで多種多様である。どれがいいというわけではない。どんな対応をしてもらえるのがお客さんとしては嬉しいのかを勉強し、自分の演奏会の時に反映すればいいだけである。
受付を過ぎたら次は座席の確保である。席の選び方は、音のいい席を選ぶ、通路に近く出入りしやすい席を選ぶ、特定の出演者を見やすい席を選ぶ、など色々な選択基準がある。ステージすぐ近くの最前列付近は迫力のある音を聞けるが、ステージを見るにはあまり向いてない。音がいい場所はホールによって異なるが、一般的には一階中央付近かその少し後ろ、あるいは二階席前方の席の音がいいことが多い。逆に音が悪いことが多い座席は、一階席で上に二階席があるような場所である。ステージ上をよく見たいなら、二階席かバルコニー席がお勧めである。もし特定のパートや奏者を見たい場合、上手側に座るか下手側に座るかでかなり見え方が違う。例えば、上手側に位置するコントラバスに注目したい場合、上手側の方が演奏者に近く音が聞こえやすいが、一番上手側の席に座ってしまうと演奏者の横姿しか見ることができない。中央か下手側から見た方が弾き方をよく見ることができる。ピアノが入る曲目の場合、奏者の手が見える下手側の席の方が圧倒的に人気である。後半プログラム前の休憩時間中に席を移動すれば一回の演奏会で二か所の座席を楽しめる。
開演時刻3分前か5分前に予鈴が鳴ることが多く、また予鈴後にアナウンスが入ることが多い。客席数100人程度の小さいホールなら予鈴は3分前でも問題はないが、1000人規模のホールの場合、3分前では短かすぎるので、5分前が適切である。アナウンスの原稿はどこのステージを見に行っても似たり寄ったりであるが、アナウンスのタイミング、マイクの使い方、話すスピードなどは千差万別である。
開演時刻前はステージが暗く、誰もいないはずである。時々忘れ物を取りに、あるいは荷物を置きに演奏者がステージに入ってくることがあるが、それはあまりいいことではない。開演前は椅子がどのように並んでいるかをじっくり観察するチャンスである。幾何学的に綺麗に並んでいることもあるし、見た目よりも奏者が弾きやすいように並んでいることもある。バイオリンの両翼が水平になっていることもあるし、後方が内側に入り込んでいることもある。コントラバスやバイオリンの後方のプルトが平台に乗っていることもある。オーケストラの楽器の配置はいくつかのパターンがあるので、どの楽器配置をしているのかも注目してもらいたい。自分達のオーケストラの配置と違う配置を採用している場合、音の聞こえ方に違いがあるかもしれない。開演時刻になると演奏者が入場しチューニングとなる。演奏者がまるで行進をするかのようにきれいに並んで入ってくる団もあれば、奏者同士が話をしながら入ってくる団もある。どちらにしなければならないということはないが、団の特色となる。チューニングは是非耳を澄ませて真剣に聞いてほしい。慣れている人なら、チューニングの様子だけでオーケストラのレベルを判断してしまうくらいである。また、オーケストラのチューニングというのは、これから始まる演奏への期待を高めるものである。是非、そのワクワク感を楽しんでほしい。
チューニング後、指揮者が入場し演奏開始となるが、チューニングから指揮者登場まで「間」がたいていある。それは演奏者、指揮者、ステージマネージャーとお客さんの呼吸であり作戦である。ステージマネージャーとしては受付のお客さんの通過具合をみてそのお客さんが座れるように配慮することがあり、そのために指揮者入場のキューを出すのを遅らせる場合もある。また、客席内のお客さんの静粛さなどから判断して間を長めにとることがある。指揮者としては、チューニングと曲は別物なのでつなげたくないというのと、お客さんの空気をつかむために間を考える。お客さんの期待感が最高潮になるのを肌で感じ取ってステージに指揮者を送り出せる、あるいは指揮者の気持ちが上がるタイミングで送り出せるのが一流のステージマネージャーである。すばらしい演奏会ほど、その辺の間をうまくとっている。間を待ちすぎると、お客さんの期待感が一気に落ちザワザワしてきてしまう。その辺、スタートボタンを押せばすぐに始まるCDやYouTubeとは違う点である。
休憩時間は15分から20分くらいであることが多い。ホールの大きさによって、集客人数によって、あるいは後半の演目のためのステージ上の配置換えによって休憩時間は変わる。何もしないお客さんにとって休憩時間は10分もあれば大丈夫かもしれないが、トイレの行列が解消し全員が戻ってこられるような時間であるのが望ましい。休憩時間は予めプログラムに書いてあることもあるし、その場の判断でステージマネージャーが判断することもある。
休憩時間はお客さんの様子を観察できる時間である。お客さんの年齢層や洋服の雰囲気なども見られる。スクールオーケストラを見に行った場合、お客さんは演奏者の同級生と保護者が多い。社会人のアマチュアオーケストラの場合、お客さんの年齢層は演奏者の年齢構成に似ている。プロオケの場合、若いお客さんの多い少ないはあまりなくお客さんの年齢構成はどこの団も同じ感じである。洋服の雰囲気は、チケット代に比例する感じがある。入場無料の演奏会の場合ラフな格好のお客さんが多く、入場料1万円もするような演奏会ではTシャツにショートパンツなどという服装の人は見かけない。休憩時間中は色々なお客さんからの前半プログラムに対する感想を聞ける時間でもある。わざわざ話しかけて感想を聞くというのはすべきではないが、トイレの行列に並んでいれば嫌でも聞こえてきてしまう。
演奏終了後のカーテンコールは、演奏の余韻を楽しむ場でもある。指揮者から指名された奏者が立ち上がるが、その人を見ていると演奏会中のその人のソロの音を思い出すことができる。特に素晴らしかった演奏者の時は自然と拍手が大きくなるものである。
曲の終了時は惜しみのない拍手を送ってほしい。ただし、タイミングには注意しなければならない。指揮者が指揮棒を下ろしてから拍手することになっている。指揮棒が上がっている間は最後の音の余韻を楽しむ時間であるので、その時はまだ客席の方で音を鳴らしてはいけない。拍手でいい音を出すにはコツがある。左手の手のひらに少し窪みをつけて、右手は指の方で左手に作った窪みに空気を閉じ込めて蓋をするように叩く。そうするといい音が鳴る。指を後ろに反らした状態で左右の手のひら同士を合わせて叩くと、乾いたペチペチとした感じの音になってしまい、いい音がならない。このよく音の鳴る叩き方はパート練習等でメトロノーム代わりに手を叩く時にも使うと便利である。手のひら同士を叩いているとすぐに手が痛くなってしまうし、音が大きくならないので聞こえづらい。拍手で手を叩く位置は、時として拍手を送る相手への称賛度合いのメッセージとなる。足に手を置いたような状態でする拍手と胸の高さでする拍手と顔より上で少し腕を伸ばしたような拍手とでは印象が全く違う。
拍手のタイミングに迷う人は大勢いる。オーケストラで弾いている人達は迷うことなんてないだろうが、クラシック音楽に慣れ親しんでいない人にとっては拍手のタイミングを見図るのは気の重いことである。歌舞伎を見に行く時の事を想像してほしい。拍手のタイミングに自信のある人は少ないだろう。立場が違うだけでオーケストラも同じである。
演奏会終了後、アマチュアオーケストラの場合はロビーで奏者と会うことができることもある。しかし、ホールの撤収時間が決まっているので会えないことの方が多い。ホール側スタッフとしてはできるだけ速く片づけを済ませてしまいたいので演奏者とお客さんが終演後に会うのは歓迎していない。状況に応じて奏者と会えるのか判断してもらいたい。もし終演後にロビーで奏者と会うことに全く問題がない状況であれば、チケットをくれた人に挨拶するといい。しかし、奏者は自身の片づけやステージの片づけがあるので、会えることはあまり期待しない方がいい。
演奏会に招待してくれた人に手土産を持っていくこともある。手土産は入場時に受付に預けるか、演奏会終了後に直接手渡しする。受付に預ける場合、送り先の人の氏名とパートを記入し、自分の名前も忘れずに書く。お土産はなくても大丈夫だし何でもかまわない。普段からお菓子の交換をするような間柄でなければ、お礼のメールだけでも十分である。もし何を上げていいのか迷ったらチケット代に相当するくらいの花かお菓子をプレゼントするように考えてはどうだろうか。私個人としては、持ち帰りに便利なものが嬉しい。演奏会後は楽器と衣装ケースを持ち帰るので、そこに大きなお花をもらってしまうと持ち帰り方に悩む。
実際に演奏会を見に行けば有益な情報をたくさん仕入れることができる。もちろん、そんなこと関係なしに楽しむことも重要である。
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