小説 護符 018)カマル【精神力】
〔018 本文〕
「そもそも、カマルは何のために。何年も、俺の近くに居続けてきたんだよ」
訳が分からないと言うように項垂れて、メリメルセゲルは額を両手で覆った。
「失態を正すためだ」
「失態?」
「ベス神に仕込んだ細工を回収できないでいることだ」
あの護符が発掘されれば、この時代にそぐわない人工物が出土することになってしまう。
「そう言うことか」
恨みがましい眼で、メリメルセゲルがカマルを睨んできた。
「この間、封印に協力すると言い出したカマルの事情ってのは。護符を回収することだったんだな」
「ただ、そちらは大したことじゃない。もう一つ。私の犯した最大の失態がある」
「何だよ」
「志咲里様から笑顔を奪ってしまったことだ」
「どういうことだ?」
「冒険者を笑顔にするのが、私の喜びであり目標だったのに。あの日の私は、志咲里様へ恐怖を与えてしまった」
志咲里が失踪したのには、自分の行いも起因していると、カマルは認識していた。
「私への恐れが無ければ。きっと、違う結末があった。メリも生まれていなかっただろう」
カマルは覚悟を持ってメリメルセゲルを見つめた。
「メリは。この時代に、存在してはならないんだ」
メリメルセゲルは魂が抜けたようになって、顔に影を作った。
「つまり。この時代に存在してはならない俺自身が、カマルの正すべき失態なのか」
「そうだ」
自分の存在を否定されたメリメルセゲルの瞳が暗く沈んでいくのを、カマルは憂い顔で見ていた。
「俺は。母さんと一緒に、後の世へ連れて行かれるはずだった。そうなっていたら、カマルの失態は正されていたのか?」
メリメルセゲルはカマルのほうへ、顔も向けずに掠れた声を出した。
「そのはずだった。パディ達が盗掘に入った翌朝。家を出る志咲里様の跡をつけた。志咲里様は、いつもと変わらない様子で。メリと一緒に、市場へ向かって行った。盗掘とは無関係だったんだと。私は安心して、当時働いていた宮殿に行くために、二人から目を離したんだ。夕方近くになって。志咲里様が、私の屋敷に向かっているのに気付いた。私も、屋敷へ急いだ。志咲里様は一人だった」
アンクレットを市場近くに隠して、メリメルセゲルを祖父母へ預けに行っていたのだ。
気が変わったから、メリはここへ置いて行くと、志咲里は言った。
理由を尋ねると、自分はまだ若い。
未来へ戻ったら、やりたいこともある。
メリが居たら、説明に苦労するからと、心にも無いことを挙げ連ねていた。
「志咲里様が、メリの祖父母と不仲なのは知っていたから。まさか、メリを祖父母へ預けたとは、考えもしなかった。志咲里様が後の世へ戻った後も。私はしばらく、見当外れな場所でメリを捜していたよ」
「捜し出して、後の世へ連れて行くためか?だったら。何で今まで、そうしなかったんだ。どうして、友達の振りなんかしてたんだ」
声を高ぶらせたメリメルセゲルが少し落ち着くまで待ってから、カマルは静かに告げた。
「幼い君を後の世へ送るのは、私にも躊躇いがあった」
アンドロイドは人類を殺せないし、人類に危害を加えられない。
だけど人類は、理由を造り上げてでも、簡単に同胞の尊厳を奪う。
保護者から離れた状態で、幼いメリメルセゲルを未来へ送ったら、どのような扱いを受けるかを考えると、カマルは怖かったのだ。
アンドロイドにも恐れはある。
人類を知り尽くしているからこその恐れだった。
カマルにとって恐れとは、恐れの感情を考えることだ。
人のようには思考しない。
記憶データと知識を繋ぎ合わせてAIが新たな結論を導きだそうとする作業が、アンドロイドにとっては考えることだ。
おそらく、志咲里には知らされない。
『T・T・T』の施設に監禁され、監視され続けるならまだいい。
子孫を残さないよう手段を講じられるかもしれない。
未来へ着いた途端、秘密裏に消される可能性もある。
「後の世は。メリにとって、幸せな場所じゃないかもしれないから。メリがこちら側にいる必然性を訴えて、組織を納得させた。組織からは、君を捕捉し続けることを条件に、メリを後の世へ送らないことを許されたんだ」
「俺を、後の世へ送るつもりが無いなら。カマルはどうやって、失態を正そうとしてるんだ?」
カマルは横になっている、さっきまで自分自身だった身体を眺めた。
メリメルセゲルがカマルを気遣い、ここへ運んでくれた身体だ。
「メリが死んだ後、君の身体を回収する」
絶句したメリメルセゲルも、負傷者カマルに視線を向けた。
身体を回収して後の世へ送れば、メリメルセゲルの痕跡はこの時代に残らない。
この先、例え偉大な功績を残したとしても、メリメルセゲルのDNAさえ残さなければ差し障りは無い。
「カマルにとっては。俺が早く死んだほうが、失態が正せていい訳なんだな」
諦めたような言い方だった。
「君が早く死のうが、百年先まで生きようが。私にとっては、些細なことだ。さっき言った通り、私は歳をとらないから。メリの命がある限り、メリの親友でいる。例え、君が私を遠ざけたがっても」
メリメルセゲルの真正面からの眼差しを、カマルはやっと受けることができた。
「俺の身体は後の世で、再生復活するのか?」
「そうだ」
メリメルセゲルの発想は、この時代に生きる者として当然のことだ。
古代エジプト人の死生観では、死後ミイラとなった身体で復活し、永遠に生きると考えられている。
人間なら、ここで嘘を重ねるのは気が引けたかもしれない。
君の遺体はミイラにはされず、未来で火葬されるなどと真実を話しても、何もメリットが無いと、カマルは判断していた。
「後の世で復活するのも、面白いかもしれないな」
肩を落として呟いたメリメルセゲルは寂しげだった。
「そうなって、ようやく。私の失態も正される。ただ。それは、メリが子孫を残さなかった場合だ」
聞き捨てならないという感じで、メリメルセゲルがカマルを見上げた。
「君はこの時代に存在しないはずの人間だ。だから、メリの子供も生まれてはならないんだ」
メリメルセゲルは愕然とした。
「メリとネフティトとのことを祝福できないと言ったのは、そう言った理由からだ。今でも本当は、結婚して欲しくない。だけど、引き裂こうと努力しても。惹かれ合う気持ちは、どんな波動よりも速く、強く結び付いてしまうと。志咲里様の件で、私は学習した。だから、二人の邪魔をするとか、無駄なことはしないと決めている」
「俺はまだ、ネフティトを諦めてない。結婚したいと思ってる。そうなったら、子供だって授かるだろう。俺の子供を、どうするつもりなんだ」
答えによっては考えがあるとでも言うよに、メリメルセゲルは凄んだ。
「別に何も」
予想外だったようで、驚いたようにメリメルセゲルは矛を収めた。
「メリの場合と同じだ。メリの子供達の友人になって、その子達が来世へ行くのを待つだけだ」
きっと、末は広がる。
カマルは何人ものカマルに分裂して、メリメルセゲルの子孫の、それぞれの友人になってゆくのだ。
果てしないが、きっとそこには楽しいと思える喜びがあると、今ではシミュレーションできる。
メリメルセゲルを悲しませないためなら、カマルはあらゆる理由を捏造してでも、子孫達に寄り添うことを組織に納得させるつもりだ。
その内に、メリメルセゲルが持つ未来人のDNAも問題にならないほど薄くなるだろう。
そうなった時、カマルの役目も終わる。
「メリを失望させない。これからも親友でいたいから。友達の振りなんて、器用な真似はできない。君は私にとって、かけがえの無い存在なんだ」
メリメルセゲルの頬にひとすじの涙が流れた。
メリメルセゲルはさっと涙を拭った。
「カマルがついた嘘は、今でも許せない。だけと、今後。俺には、絶対に嘘をつかないと約束するなら、そのことは忘れる」
「絶対に嘘をつかないとは、約束できない」
迷い無く言い放ったカマルの様子を見たメリメルセゲルが、ふっと、息を吐いて笑い出した。
「お前は。どんな時でも、カマルだな」
呆れたような口調だった。
「分かったよ。お前を、そのまま受け入れる。お前が、どんな考えを持っていようとも。俺にとっても、カマルは大切な親友だから」
「ありがとう。メリ」
告白の結果も、シミュレーションでは導き出せなかった方向へ着地した。
相手がメリメルセゲルで無かったら、こんな結果にはならなかっただろう。
志咲里からは得られなかった信頼を、カマルはメリメルセゲルから得ることができたのだ。
「カマル。母さんと父さんがどうやって恋に落ちたか、知ってるなら聞かせてくれ」
「二人の馴れ初めは、メリが対峙している邪悪なモノに関係していると思う」
純粋な興味で輝いていたメリメルセゲルの瞳が曇った。
カマルは宮殿の開かずの間で、志咲里が霊に襲われた時の話をした。
「その開かずの間は、昔。イアフヘテプ王妃の部屋だった」
「イアフメス王の生母の?」
「そう。タア二世王の妃だ」
「母さんの日記に記されてた『王妃の霊』はイアフヘテプ王妃だったんだな。昨日。ネフティトが襲われたメンチュ神殿にも、イアフヘテプ王妃の祠があった。邪悪なモノの正体は、夫を身内の謀で亡くしたイアフヘテプ王妃だったのか」
「宮殿で働いていた頃。王家にまつわる噂は、よく耳にしたよ。タア二世王が亡くなった時、タア二世王の生母はショックを受けて他界したそうだ。イアフヘテプ王妃は、夫と自分の母親を同時期に失ったんだ」
「センムウトのメモの内容を、イアフヘテプ王妃が知っていたとしたら。タア二世王を陥れた、トトメス一世王の父親を恨んだだろうな」
「この世に想いを残して、開かずの間に漂っていたのも頷ける」
あの日あの部屋で、抱き合っていた志咲里とサアメルセゲルの姿を、カマルは記憶データから引き出していた。
「別荘で発見された志咲里様の日記には。私も知らなかったお父様の死因が、記載されているのが見えた」
「父さんがどうやって亡くなったか、書いてあったのか?!」
カマルは頷いた。
「見えたのは、その一枚だけだから。私がここで話すより。前後も踏まえて、自分の目で確かめたほうがいいだろう」
「俺は。ひい爺様が封印したのは、イアフメス=ネフェルタリ王妃だと睨んでるんだが」
「その考えは間違っていないと思う。イアフメス=ネフェルタリ王妃は、母親のイアフヘテプ王妃の思想を受け継いで、トトメス一世王の父親を憎んでいたんじゃないだろうか。トトメス一世王の即位には、最後まで反対していたと聞いているし」
「でも、納得できないこともあるんだ。トトメス一世王はともかく。トトメス二世やハトシェプスト女王、他の王子や王女だって。アメンヘテプ王の血筋に繋がる方々も多い。アメンヘテプ王はイアフメス=ネフェルタリ王妃の息子じゃないか。自分の子孫達にまで、恨みを向けるものなのか?」
メリメルセゲルは首を傾けた。
「私の身体は。霊の波動の影響を受けやすい。霊が近付いてくると、さっきのように機能が停止する。そこらに漂っている念の弱い霊では、何も起こらない。メリが向き合っている邪悪なモノの波動は、とてつもなく大きい」
メリメルセゲルは顔を緊張させた。
「天候にまで影響を与えるほどの、邪悪な波動を持つモノは。人であった時の愛情などは。既に、無くしているのではないだろうか」
「恨みの念だけが、原動力になっているのか」
「だが、ファラオの血筋が病にかかったり、早くに亡くなったりということに関しては。全てが、邪悪なモノの仕業とは限らないと思う。むしろ。それ以外のところに原因があると、私は考えている」
「例えば?」
「近親婚だ。血の繋がった者同士から授かった子供は身体が弱かったり、障害を抱えて生まれてきたりすることも多いと聞く」
「そうなのか?同じ母親から生まれた者同士が結婚したほうが、ファラオの力は強くなるんじゃないのか?」
「それは。王家の権利を独占するために、意図的に作られた概念だ」
十八王朝末期のツタンカーメン王の時代には、その考えの元、跡継ぎが途絶えている。
「もしかしたら」
メリメルセゲルが腕を組んで眉を寄せた。
「トトメス一世王が怪異を問題視し始めたのは、イアフメス=ネフェルタリ王妃が亡くなった後だったんじゃないだろうか。ファラオは、血筋が原因で起こっている現象と、怪異を混同していたのかも」
「イアフメス=ネフェルタリ王妃が、トトメス一世王を恨んでいてもおかしくないと。ファラオ自身も考えていたようだからね」
「だから。ひい爺様はイアフメス=ネフェルタリ王妃を封印した。だけど、それは正しかったんだろうか」
「イアフメス=ネフェルタリ王妃の封印が解かれてから、邪悪なモノの力も大きくなっているように思う。彼女が関係していることは確かだ」
「イアフヘテプ王妃とイアフメス=ネフェルタリ王妃か。母娘の念が一つになって、今は、邪悪さが増しているのかもしれないな」
彼女達は単体でも強い波動を放っている。
だが、生きた人間の精神力のほうが強いという覚りが、カマルにはあった。
それは、膨大な人類の歴史から学んだ結果、導き出した結論だった。
〔019へ続く〕
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