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今年最後の大型ゴミ

今日は双子座満月ということで、今年最後の大型ゴミを捨てるタイミングらしい。
そのことを知って「ああ、だからか」と思った。
ちょうど最近、自分の中で手放したものがあったからだ。
 
私たちは日頃いろいろな物事を選択して生きているけど、心の中のあまり意識してない領域では、選択が曖昧になっていることって意外とたくさんある。
そこで曖昧になっている理由もたくさんあると思う。

好き嫌いで判別できないようなものだから
社会的に曖昧にしといた方がいいから
答えを出すべき局面じゃないから
なんか申し訳ないから
受け入れるべきだと思うから、あるいは断るべきだと思うから..

目の前に突きつけられたら選択せざるを得ないけど、“日頃から目の前に突きつけられてるわけじゃないもの“に対する選択って曖昧になるのだ。
私たちは日々の選択に忙しくて、少し遠くのエリアまでは仕分けしないから。

抽象的な話でわかりにくかったら申し訳ないけれど、何だか今回の双子座満月で捨てられる大型ゴミって、そういう曖昧だった領域の断捨離な気がするのだ。

これは、意識できる領域で取捨選択してきている人ほど、少し奥の仕分けが起こるのかもしれない。
大掃除と同じで、目の前が片付かなきゃ隣の部屋まで片付けられないのと同じこと。

無意識の中で受け入れていた物事、価値観、概念、思想

それあなたにとって嬉々として選択したいものなの?

と問いかけた時に、もしかしたらとっくに気持ちが固まっていたことに気づいてしまうかもしれないね。

例えば人間関係で考えてみると「集まろうよ〜」と言われた時に、嬉々として行きたいかどうか。

嬉々として行きたいわけじゃないものにあなたの貴重で有限な時間と命を使うことは、この機会に満月に手伝ってもらって、大型ゴミとして感謝して手放すのもひとつだよ、ということみたい。

ここからの地球はどんどん“ちがうこと“をさせてもらえない流れが来ている。
少なくとも私がいるタイムラインはそうなっている。

だから“ちがう“と思ってるのに続けていることはもちろんのこと、
あんまり意識してなかった曖昧なラインまで洗い出されて、

「さあ選択しようよ」

と宇宙がニコニコ笑っているようにも感じる。

手前にあるのは多分えびせん


そういうわけで今回私も、いつも考えてるわけじゃないんだけど、昔から心の奥で持て余していたことを、冷たい冬の夜空にリリースしてみた。
大いなる感謝と共に。


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