見出し画像

【コラム】古舘伊知郎 トーキングブルース 2020夏

―ジョークと本音が織り成す人間賛歌

一人芝居でもなければ、講演会でもない。コントでもなければ、落語でもない。トーキングブルースとは何かを説明することは、非常に難しい。ただひとつ言えることは、いわゆる古舘節に酔いしれる時間であるということ。

1988年~2003年まで毎年開催されてきたが、報道ステーションのキャスター就任に伴い一時中断。2014年に一夜限定で開催されて以来、6年ぶりの復活となった。

8月14日19時すぎ、コロナウィルスの影響により延期されていた「トーキングブルース 2020 夏」が無観客にて開演された。

冒頭、過去のトーキングブルースのダイジェスト版が流れた。会場に映像が切り替えられると、主役である古舘さんが舞台袖から現れ、画面越しの観客に深く一礼。マイク前に進むと、開口一番こう言い放った。

「ホントにスタッフが若い頃のテンポアップのしゃべりばっかり使いやがって」

トーキングブルースでしか見られない、毒気のある古舘さん。スターウォーズのファンがそのオープニングテーマが流れると感動するように、確かにトーキングブルースが始まったことをファンが実感した瞬間となった。

「人間にとっちゃ、ひっどいウィルスだよ」

と、コロナウィルスの話題に少し触れると、マイクをマイクスタンドから勢いよく引き抜く。それは、まるでサムライが刀を抜くかのようだった。

「トーキングブルース」

その高らかな開演の宣言は、古舘さんが自らに鳴らしたゴング。そこから、一気にテンポアップしていく。

「もう、大阪行くとね、たとえばひとネタ受ける。受けたら笑いとかに厳しいところとはいえ、あったかいからパーっと笑う。笑った瞬間に口閉じて、次何言うかってのをジーっと真剣なまなざしで聞いてね、甘やかさないからね話芸人を」

大阪で笑いというカテゴリーでよく話されるのは、次の2つのパターンがほとんどである。

◇パターン1
芸人「会場の空調の音が聞こえてきました」などと、大阪の笑いへの厳しさを表すエピソードを話す。

◇パターン2
アーティスト「大阪の人って、面白い。すごいノリがいい」などと、ライブMC時のリアクションの良さを表すエピソードを話す。

ステレオタイプではない、古舘さんの鋭い観察眼が光る話だと感じた。この後30分ほどは、時に真剣に、時に皮肉たっぷりに、時勢に絡めた話が続く。

およそ35分を過ぎたあたりから、友人が亡くなった話へと移り、いつものトーキングブルースらしくなっていく。

「あそこはね(古館さんのお父さんが買った奥多摩の墓地)、ちっちゃい墓だから。死んだお袋と死んだ親父と、真ん中に分骨した死んだ姉さんの骨壺が3つギュウギュウ詰めに並んでるから、そこ入ったら狭すぎるから、もうちょっと広いところにしたい」

どこか哀しい面持ちで語った後、照れ隠しとばかりにこう続けた。

「俺、死んでからもなお、生きようとしてるからね。自分のせこさ丸見え」

ここで、トーキングブルースをあまりご存知ない方のために、また筆者が最も胸打たれるところでもあるため、少し解説を加えたい。

古舘さんがトーキングブルースで話すときは、トーキングブルース限定のキャラクターとなっていることがほとんどである。ただ、そのキャラクターというべきか、仮面がなくなる瞬間がある。

42歳の若さで亡くなられたお姉さんの話をするときである。これまでのトーキングブルースでも、どんなテーマであろうと、お姉さんの話をされてきた。以前、どこかのテレビ番組で、自らシスコンであると発言されていたことがあったと思う。

そのお姉さんが就きたかった職業こそアナウンサーだった。ずっと、どんな方だったのか知りたいと思っていた。おそらく、写真が出たのは金スマがはじめてだったと思う。

―美しくて、かわいらくて、本当にステキな人

それが、率直な印象である。おそらく、古舘さんのもっとも、柔らかい部分なのだろうと思う。それを、敢えてトーキングブルースでさらす姿は、お姉さんへのレクイエム(鎮魂歌)のように思えてならない。

トーキングブルースでお姉さんの話が出てくると、何とも言えない気持ちになりながらも、これでこそトーキングブルースと安堵するような不思議な感覚となる。

今回のトーキングブルースで、お姉さんの話が出てきたのは、先に引用した部分のみであったが、“分骨した”と注釈しているあたりに、古舘さんの複雑な心境が伝わった。

話は戻る。この後、デジタル社会への葛藤、言葉へのこだわり、政治家の姿勢への思いなどが語られていく。言葉へのこだわりは、まさに古舘さんの真骨頂であり、もっと聞いていたいと思った。

「(無観客は)とってもやりづらい。今度、トーキングブルースやるときには、ぎっしり客入れるからな。コロナ撲滅させて、何とか努力して、ぎっしり集まったところで、飛沫浴びながら、みんな客来てもらおうじゃないか。そのときは、このひとりぼっち、孤独な俺と思いっきり三密しやがれ」

最後はこう絶叫した後、深々と礼をして幕が閉じられた。

無観客は本当に大変だと思った。トーキングブルースは、古舘さんが皮肉めいたジョークを飛ばして、それを観客が笑う。その笑いに乗せて、古館さん自身がボルテージを上げていくというスタイルだからだ。そして、静寂になったところで、古舘さんが伝えたい本音が語られていく。その喧噪と静寂の落差がないと、本音の響き方がどうしても弱くなってしまう。

今回はどうしてもコロナに関する話に時間が割かれてしまい、トーキングブルースらしい話は控えめとなった。そこが残念ではあったが、昨今の状況を鑑みれば、仕方のないことであると思う。

古舘プロジェクトに放送作家として所属する山名宏和さんは、ブログでこう話している。

あれだけ執着していたテーマを、あそこまで大きく変えるとは、正直、驚きました。
(あ、前に設定していたテーマも別に捨てたわけではなく、先送りにしただけなので。次回以降に登場するはずです)

次回以降を楽しみに待ちたい。山名さんは、

全体の8割以上をあるテーマで語っています

と語っているが、8割以上は少し言い過ぎだと思う。

古舘さんは報道ステーションを卒業された後、様々なバラエティ番組へ出演され、「10年以上報道番組のキャスターをやらせて頂いて、言えずに溜まっていたものがありますから」という話を鉄板のネタにしていた。

古舘さんは好みのハッキリ分かれる人だと思う。古舘さんが報道ステーションを担当することを、筆者も含め古舘さんのファンこそ「ニュースで古舘節が聞ける!!」と喜んだ。古舘さんも報道番組を変えると意気込んでいた。しかしながら、報道ステーションで古舘節を聞けることはほとんど出来なかった。寧ろファンの方がその落胆は大きかった。

それでも、最後の方は少し古舘節が戻っていたように思う。トーキングブルースが、2014年に一夜限定で開催されてからである。

古舘さんは「なぜ言えなかったのか、どうして古舘節でニュースを変えることができなかったのか」という点について、未だにちゃんと答えていない気がする。ただの勉強不足かも知れないが…。もし、古舘さんが答えている情報があれば、教えていただきたい。

もし、答えていないのであれば、この辺りを今後のトーキングブルースで話してもらいたいと思う。

明日17日の23:59まではアーカイブ視聴ができるとのこと。興味のある方は是非!!

サポートして頂けると、とても励みになります。サポートはブックレビューの書籍購入に活用させていただきます。