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文楽をささえた「夏祭浪花鑑」


中華料理屋さんで「冷やし中華はじめました」の貼り紙を見ると夏が来たことを感じるように、文楽ファンのかたは、公演チラシに「夏祭浪花鑑」とでると、夏を感じるのではないでしょうか。

今回は、「夏祭浪花鑑」が夏の定番となるほどの人気作になった裏側をご案内いたしましょう。

歌舞伎なきがごとし

 「夏祭浪花鑑」は初演当時から大評判でした。文楽隆盛の時代について、入門書には「“歌舞伎なきがごとし”といわれた時代」などと書かれています。「歌舞伎なきがごとし」といわれた人形浄瑠璃の時代を作ったのが、この「夏祭浪花鑑」なのです。

江戸時代の人形浄瑠璃小屋である竹本座と豊竹座、この両座の様子を記した『竹本豊竹浄瑠璃譜』には、「夏祭浪花鑑」の項目に次のように書かれています。

操り段々流行して歌舞妓は無が如し。芝居表は数百本ののぼり進物等数をしらず。東豊竹、西竹本と相撲の如く東西に別れ、町中近国ひいきをなし、操りのはんじやう いはんかたなし。

『竹本豊竹浄瑠璃譜』

夏祭浪花鑑によって人形浄瑠璃、いまの文楽が大流行。記録をたどると、夏祭浪花鑑はこの年の冬まで上演が続いており、大当たりであったことがうかがえます。

じつは文楽に歌舞伎あり!?

では、なぜ「夏祭浪花鑑」がこのように好評だったのでしょうか。

夏祭浪花鑑は、人形浄瑠璃のお膝元、大坂が舞台。大坂・高津神社の夏祭の日に、住吉大社、長町裏(現在の大阪市の日本橋(にっぽんばし)周辺)でお芝居が展開します。大坂の観客にとっては「知ってるあの場所で!?」と、リアリティのあるものとして受け入れられたのでしょう。

お芝居の内容としては、巷で起こった、魚売り団七の舅殺しの事件をもとに、団七、徳兵衛、三婦(さぶ)という三人の義理と人情にスポットをあてたものです。武家社会ではない、庶民生活をベースに描かれた作品を世話浄瑠璃、世話物といいますが、この世話浄瑠璃の構成が、ほかの浄瑠璃作品とは大きく違います。
本来、浄瑠璃は、セリフは少なく、ナレーションにあたる部分が多く、そのナレーションに当たる詞章を七五調のリズム、掛詞といった工夫が凝らされています。しかし、この夏祭浪花鑑は浄瑠璃でありながら、セリフのやりとりが多い、「セリフ劇」要素が強いお芝居です。これはセリフ劇で人気をとった歌舞伎の手法といえます。
 また、夏祭浪花鑑は、長編で、団七、徳兵衛、三婦の三人の背景が複雑にからむお芝居で、ストーリーのおもしろさに軸を置くようになっています。
「歌舞伎なきがごとし」といわれた文楽黄金期ですが、文楽の中にも、歌舞伎のエッセンスが入っているわけで、いわば文楽の中に「歌舞伎あるがごとし」です。
歌舞伎、文楽はともに、観客のニーズをさぐり、切磋琢磨し、今日の洗練された舞台芸術・伝統芸能となりました。人形浄瑠璃で大ヒットとなった「夏祭浪花鑑」は初演の翌月には歌舞伎になり、京・都万太夫座で上演され、そこから、大阪の角の芝居、中の芝居と上方で大ヒットを続けます。江戸では、人形浄瑠璃の初演から2年後に、森田座で上演されます。

人気狂言に仕立てた人形遣い

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