貴重な部外者
就職活動を怠ったため、無職となり、引きこもり生活を送っていた私に、大学職員となった田辺くん(仮名)は、月に1回程度、連絡をくれていた。
その日も田辺くんは、午後8時半ころに連絡をくれ、次のように話し始めた。
「よう、仕事は決まったのかよ。えっ、まだなのかよ。何やってんだよ、頑張らなくちゃだめだろ。」
何年経っても覚えているフレーズである。田辺くんからの電話は、毎回これで始まる。ただ、今回はいつもより興奮気味である。
「いやあ、すげえモン見たよ。おめえ、前の校舎の近くにあった部室知ってるか。あれ学生運動の本部だよ。今度建て直すからな、立ち退きやってんだよ。いやあ学生運動やってた人はすげえよ。まあ、部外者のおめえにはこれ以上言えねえけどな。」
田辺くんはこの言い方が気に入ったようで、大学のことを何か話す度に、
「部外者のおめえにはこれ以上言えねえけどな。」
を繰り返していた。部外者が入れないところでの仕事に、よほど満足していたとみられる。
このようなやり取りが1年程度続いたが、私もいつまでも引きこもっているわけにはいかない。
求人誌を見たところ、大手小売りが、業務拡大のため中途採用の募集をしていたので応募したところ、採用となった。後から聞いたところ、本当かどうかは知らないが、よほど問題がない限り早い者順だったようである。
採用後、しばらくして、いつものように田辺くんからの連絡があった。
「よう、仕事決まったのかよ。」
という、普段どおりのあいさつに対し、仕事が決まった旨話したところ、
「えっ、それマジなの。でもバイトでしょ。何やんの。」
「〇〇の食品課で社員だよ。中途採用の募集やってたんだよ。」
「〇〇って、ホントかよ。でも子会社か何かだろ。」
「田舎だから子会社かもね。どっちにしても大きいところだからよかったよ。まあ運が良かったんだろ。」
「えーっ、マジかよ。」
と言った後、長い沈黙があり、
「あのさあ、俺もう疲れてっから寝るよ。」
と言って突然電話を切ってしまった。
その後、田辺くんからの電話はない。当時は携帯電話が今ほど普及していなかった時期なので、彼の電話番号はメモしておらず、知らない。律儀に私の電話番号を控えてくれていた田辺くんには申し訳ないと思っている。
今になって考えれば、自分より下に思っていた者が、突如として大手企業の社員となったことで、彼の中で何かが壊れてしまったのだろう。
連絡のたびに、田辺くんが、無職の私と話すことによって精神の安定を図っていたことは、早口でまくし立てるように話す様子から、何となく分かっていたが、引きこもりの私からしてみれば、彼との会話は、月に1度の社会との接点であったため、楽しみにしていた部分もある。
その後、田辺くんは新たな「部外者」を見つけることができたのであろうか。
サラリーマンは、どうしても他者との比較によって何事も評価しがちとなりやすい。他人との比較から抜け出して自由になる方法の一つとして独立開業が考えられる。
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