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エルダーの庭 ~ローズマリー一家~ § プロローグ
§ プロローグ
「あんたなんて、誰にも必要とされなかった子なのよ」
思い出したくもない言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。
実際に目の前の景色もグラグラと揺れていた。
わたし…どうしてこんなところを歩いているんだろう…
杏樹は額に浮かぶ汗を手で拭いながら、辺りを見渡した。
急な坂道の先には、鬱蒼としげる木々に覆われた山がせまっていた。
道の両脇も、大自然の力に人間が負け
エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第一話 エルフのいる庭
1 エルフのいる庭
最初に目に入ったのは、キラキラと輝く日の光だった。
木漏れ日が、自分の頭上に輝いていた。
風にゆっくりと揺れる葉の一枚一枚が、楽しそうに歌い踊っている。
キレイ…
心が洗われて澄み切っていくような開放感。
だが、耳に飛び込んできた声は、そんな気持ちとは正反対の緊張感に満ちたものだった。
「拓人さん、どうしよう! 救急車呼んだ方がいいんじゃない?」
エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第二話 心のオアシス
2 心のオアシス
ハーブカフェ・エルダーの庭は、こぢんまりとした、でも心地のいい店だった。
カウンターとテーブル席が3席。
高い天井にはドライハーブが下がっていて、壁に沿って設置された棚には、数え切れないくらいたくさんの種類のハーブが瓶詰めされて並んでいた。
杏樹はまだ誰もいない店のカウンター席に座っていた。
いつでも横になれるようにと、拓人に渡されたクッションも胸に抱え、目の
エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第三話 なにものでもない私
3 なにものでもない私
杏樹が生まれ育った東京を離れたのは、祖母のケガが原因だった。
長野で一人暮らしをする祖母が、今後車いすを必要とする後遺症を負ってしまったのだ。
そこで家族で長野に移り住むことを決め、高校から新たな地での生活が始まることになったのだ。
「お友達もたくさんいただろうに、ばあばのせいで辛い思いをさせて悪かったね」
祖母はそう言って、杏樹の手をなでた。
だが杏樹
エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第四話 明かされた秘密
4 明らかにされた秘密
翌日の昼休みの杏樹の席の周りには、人だかりができていた。
「すごい、かわいい! もらっていいの?」
「うん。昨日、母が焼いてくれたクッキーなの。たくさんあるから食べてもらえると嬉しい」
昨日の夜、父と母と三人でラッピングしたクッキーが、机の上に並んでいた。
アイシングを施したクッキーは、アクセサリーにしてもいいくらいに美しかったし、母の手の込んだアイシングは
エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第五話 逃げるが勝ち
5 逃げるが勝ち
「わたし、何も言い返せずにただ逃げてきてしまったんです」
杏樹の告白を、拓人は黙って聞いていた。
結は涙を浮かべて杏樹の背中を撫で続けていた。
「杏樹ちゃん、辛かったね」
涙を流す結に、かえって冷静になった杏樹が力なくほほえむ。
「ご両親と話したのか?」
拓人の問いに、杏樹は首を横に振った。
「いつも通りに、学校から帰る時間まで公園で時間をつぶして帰った
エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第六話 猫の手
6 猫の手
翌日も杏樹はいつもと同じ時間に、笑顔で手を振って家を出た。
何度か父と母がそろっている席で、自分の出生について尋ねようとしてみた。
だが「わたしは二人の子どもではないの?」という言葉は、喉の奥で凍りついて出てこようとしなかった。
今日も母に、紙袋に入れた玄米粉のパウンドケーキを持たされていた。
「これ、結さんと拓人さんへのお礼にしようかな」
わたしはただ逃げてい
エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第七話 ローズマリー一家
7 ローズマリー一家
長野の冬は厳しい。
特に標高の高いエルダーの庭は、冷たい風が吹き抜け、厳寒期には地面も凍り付いて霜柱が立つ。
でも、エルダーの庭の植物たちは、自力でその冬を乗り越えて強くなっていく。
「もちろん冬に耐えられない種類のハーブたちは、鉢にあげてビニールハウスに引っ越すんだけれど、耐寒性のある子たちには、その場でがんばってもらうんだ」
ローズマリーも、自力で冬を
エルダーの庭~ローズマリー一家~ 第八話 大切な贈り物
8 大切な贈り物
翌日のエルダーの庭には、開店と同時にお客様が来ていた。
杏樹とその父、母の三人だった。
「この二日間、うちの娘が大変お世話になったそうで、ありがとうございました」
深々と頭を下げる両親に、拓人も結も恐縮して顔の前で手を振った。
「お世話になったのはこちらの方で、昨日のランチに杏樹ちゃんがいなかったらと思うと青くなるくらいです。本当に働き者で気の利く子ですね」
エルダーの庭 ~ローズマリー一家~ § エピローグ
§ エピローグ
「こら! ブラックとベリー! そんなところ上ったらダメ!」
エルダーの庭のハーブガーデンを、二匹の子猫が走り回っていた。
黒猫がブラック。茶トラと黒のべっ甲猫がベリー。
どちらも杏樹がボランティアを始めた、動物の保護施設からやってきた子猫だ。
杏樹はその後、自信を取り戻して学校にも戻り、楽しい日々を送っているようだ。
「まだ沙也佳ちゃんとは話せていないけど、きっと、