「ブレイクスルー・ハウンド」26

 標的は社会保障費の減額を推し進める急先鋒の国会議員、現場はその自宅であるマンションだ。不穏な動きがあるのを察知したため、彼は本来であればSPの警固対象ではないが党の重鎮に泣きついて守りを固めていた。
 議員が出てきたところで複数の車がタイヤの煙を上げながら急接近、さらに急停止した。煙が収まりきらぬうちに一斉に窓からボウガンが突き出さされた、一〇メートル以外であれば直径十センチの的を狙うことも不可能ではない。
 風を裂く音が連続する。SPたちも特殊警棒で矢をふりはらい、議員を守ろうと動く。が、人数差で三倍以上で包囲攻撃されては反撃も虚しいものだ。
 第一陣のボウガン攻撃が終わるや、襲撃者たちはナイフや特殊警棒を手に車を手に降りた。数の暴力に擂り潰され、半死半生、あるいは死体としてSPたちは転がることになる。十数人からなる犯行グループは議員を担いでマンションに侵入、妻子のいる部屋にまで踏み込んで籠城を決め込んだ。

 それなりに計画を練ってたな――それが光の感想だ。少なくとも、議員がいつ住処から定期的に出てくるか突き止めていないと犯行が成立しない。さらにその後の動きも聞いた印象では手際がいい、議員を担ぐ人間、と鍵を開ける人間などの役割分担がなされていたという。
 これは死人が出る、光は背筋を寒くしながら確信していた。十数人の人間を生きたまま逮捕する能力など、日本の警察にあるはずがない。いや、諸外国の特殊部隊でも無理だろう。
 それに犯行グループは、社会保障費の減額の廃案を求め、さらに増額を求めているという。
 つまりは、困窮した人間たちだ。追いつめられた人間は容易に死兵と化す。
 着替え、装備を整えて現場につくと、「遅いわよ」
 と、これまた特殊捜査班の恰好に化けたスミタが近寄って小言をぶつけてくる。「無茶いうな、アメコミヒーローでもあるまいし、現場に駆けつける速度は俺たちだってそこらの警官と同じだろ」
「罰にあんた、武器抜きで犯人制圧ね」
 こちらの抗議を、スミタは悪戯っぽい声でさえぎって聞かない。
 できるかそんなこと、光が軽口を返す寸前で、「上から指示が来た。突入が決まった」という低い声が聞こえ、光たちは複数人の特殊捜査班に紛れて現場となっているマンションに向けて移動を開始する。
 犯人が立てこもっている一室は特定され監視されているため、光たちが非情階段を使って屋上に向かうのはたやすかった。そして、屋上の柵の一部に器具をとりつける。ロープによる降下の準備だ。
 しばらくして全員が待機状態となり、降下が命じられた。

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