6「願いを叶える犬神の子供が108匹生まれたので、毎日がむちゃくちゃです(某ライトノベル新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)」

ちなみに、大神神社の狛犬は特殊で貸し出される“犬神”は彼らのことだ。祀られる神に代わって働くため犬神と呼称されている。他方、祭神は区別するために本犬神様とも呼ぶこともあった。
 翠は見えるだけでなく妖異に触れられる。仔狛犬の感触は犬猫の類と同じで指先に心地よかった。
 この瞬間、すこし「まあ、ペットと思えばいいか」という思いが脳裏をかすめた。
 が、すぐにそんな思いは吹き飛ぶことになる。
 祖父の部屋、和室を訪れた翠は床をびっしりと埋め尽くし、かつ半ば倒れかけた祖父にじゃれる仔狛犬たちという光景を見て、思わず即座に障子を閉めた。
 が、遅かった。しめ縄の内側のため結界も働かず、仔狛犬たちは平然と障子をなにも存在しないようにすり抜けて翠に跳びかかってくる。あっという間に、下半身が毛玉の塊でおおわれた。
 さらに、仲間を踏み台に“登頂”を目指す仔狛犬が何匹もいて油断をすると祖父の二の舞になりそうだ。
 なにが狛犬の子どもよ、これじゃ、ケダモノと変わらない――。
 翠の心の叫びは残念ながら誰にも届くことなく、仔狛犬たちのうれしげな声にかき消される。
 ただ、この出来事に不満を抱いたのは翠だけで、夕飯には赤飯が炊かれた。入り婿の父も含め「いやあ、めでたいですなあ」「名誉なこよねえ」「感無量だ」といったうちの大人たちの会話が食卓で交わされた。
 だが、その空気が一変することになる。祖父が脳卒中で倒れたのだ。
 救急車が呼ばれ、家族も病院に詰めかけた。
 ただ、幸い病状は軽いということで、夜が明ける前に短い面会が許された。本人たっての希望ということで、かつ翠ひとりとを望んでいるということだ。
 祖父は妖怪の悪戯があまりにも過ぎると懲らしめてくれていた、翠の幼き日のヒーローだ。
その祖父が希望しているというのだから否やがあるはずがない、彼は病院の個室の扉を開けてベッドサイドに歩み寄る。
「翠、いいか。これから私が話すはなしを、落ちついて聞きなさい」
 祖父の口調は脳卒中が軽く済んだ人間のそれではなかった、死を覚悟している、そんな雰囲気をまとっていた。
「私は死ぬ。今日倒れたのは脳卒中が原因ではない、それは副産物のようなものだ」
 え、と翠は絶句したものの、祖父の顔色は土気色で疑問をさしはさむことを許さない。
「翠、仔狛犬たち、犬神の子らを頼む」
 祖父のまなざしは鬼気迫るものが宿っていた。
 これがほかの相手なら自分の自由を束縛するような言動に対し即座に反発しているところだ。
「わかった」しかし、祖父には勝てない。しかも、
「お前を“縛って”済まない」
 などと告げられては。体をふるわせてうなずいた。

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