「ブレイクスルー・ハウンド」38

「お変わりないようで」「なに、歳をとったさ」
 息子と入れ替わりに姿を現した、既知の仲を連想させる佐和の言葉に達人は口の端を曲げる。
「無理言って悪いな。国内の戦闘任務が生じたら息子をねじ込んでくれ、なんて頼みを聞いてもらって」
「いいのですか、我々の任務は当然のことながらです。特に冷戦崩壊後、911以後はその比ではありません」
「じゃあ、安全だからって刑務所の中で暮らすのを佐和さんはよしとするのかい」
「それはそうですが」
 達人の意見は極端に過ぎると思うが、ここで議論しても仕方ない。それから達人と事務的なやり取りを交わし、佐和は事務所をあとにする。海外と国内で連動したテロの動きがあり、公安と自衛隊の協力オペレーションが秘密裡に行われたことがある。佐和と達人の関係はそのとき以来だ。当時、佐和は命の危機に陥り、達人に助けられた恩があった。
 しかし、達人や光という難物の相手が終わっても佐和の心の休まる暇はない。
 公安部ゼロ特殊武装係の呼び出しを受けたのだ。島からはなれたスチールデスク越しに猛禽の眼をした上司と向き合う。髪に白いものが混じるが決して老いは感じさせない。
「武器が仕入れられた痕跡はない。それだというのに、あいつらは日本をアフガンやイラクと勘違いしたかのような好き放題をしてくれている」
 係長は不機嫌に言葉をかさねた。
「マフィア、ヤクザ、半グ、一体どこのバカが使われるのを知ってて銃火器を卸す? 国家権力、警察に全力で潰されるのがわからないほど連中はバカじゃない」
「では、“北”でしょうか」
「確かに、我々とて末端の工作員はともかく“北”は潰せないからな」
「あとは、中国による牽制。我々は対称性の戦争だけでなく非対称性の戦争もできる。たとえ、米海軍がたちふさがろうとも、おまえたちにダメージを与える手段はある、といった意図のもとのオペレーションも考えられなくはないかと」
 手を組んで顎を乗せ、やや視線をさげ気味にしていた係長はふいに佐和に目を向けた。
「その優れた分析力、やはりおまえ特殊武装係より他の公安部署のほうが向いてるんじゃないか。誤解がないようにいっておくが足手まといになってる訳じゃない。ただ、それ以上の適正がほかにあると私は」
「お断りします」上司の言葉を佐和ははっきりと遮った。
 そうか、と上司はさして心残りといったようすもなく卓上の電話を取る。

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