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閑話休題「自然の中で生きる事」

私が子供の頃。昭和40年代から50年代半ば頃の話しですが、田舎にはまだまだ里山を守り暮らす人達が一定数いて、山や川などの自然とそこで暮らす人達の関係はとても密接で切り離されてはいませんでした。

例えば、私の実家のすぐ横には裏山から沢が流れ下っていたのですが、その沢沿いに建つ家々は全て沢に自家専用の洗い場を設けていました。

道から沢に降りる手製の階段を作って、沢の水が溜まるように石組みをしたり木製の囲いを作ったりとそれぞれ工夫をして、そこで野菜を洗ったり魚を料理したりして暮らしていました。

「トンビに油揚さらわれた」という諺がありますが、そこで魚の料理などしていると、時々トンビに魚を持って行かれる事がありましたので、料理する母親の横で空に目を光らせた思い出があります。

沢は当然上流から下流へと繋がっていますから、上流沿いの家は作業する時に水を必要以上に汚したりしないように気を使いましたし、下流に位置する家は上流の家が何か作業をしていたらそれが終わるまで待つ様な事もありました。

そんな風に、川の水を皆で利用しながら暮らしていたのですが、そうすると当然川を汚すことは皆に迷惑を掛けることになりますから、変な物を流さないように気を使いますし、自然と環境を大事にする事に繋がります。

一方で都会の生活では、川や池などの自然環境と人の暮らしは完全に切り離されています。

大阪の私が暮らす地域には魚や水鳥のいる川が流れていますし、ちょっとした沼の様な場所もあります。川の方は川幅も狭く水深も浅いので子供が遊ぶのに丁度良い規模の川なのですが、原則立ち入り禁止となっていますし、沼の方は近づくことすら出来ない様に柵が巡らされています。

こんな風にしてしまうといくら「川をキレイにしましょう」とスローガンを掲げてみても、自分の暮らしに関係ない場所については中々興味を持てませんしキレイにしたいと思う人もいません。

結果的に年中ゴミが流れてきますし、流れ着いたゴミを誰も掃除しようとはしませんから、ほとんどゴミ捨て場と化した川が眼前に広がる事になります。

私は田舎育ちなので、自分に子供が出来たときにどうしても川遊びをさせてやりたくて、大人が一緒なら誰も文句を言わないだろうと思い子供とその川に入ったことがあります。

しかしすぐに通りすがりの人に注意されてしまい、仕方なく諦めました。

その川にはオイカワやナマズなどの魚がいますし、カルガモが年中暮らしています。

更には野草の芹なども生えていて、地域に解放して皆が遊んだり魚を釣ったりする事を禁止しなければ子供達の絶好の学びの場となるのにと残念でなりませんでした。

と、ここまで書いてきて気づいたのですが、実は近年私の実家がある田舎でも子供達が川で遊ぶのを目にすることは全くなくなってしまいました。

別に川遊びを禁止されているわけではありません。ただ、スマホでゲームをする方が面白いのだそうです。

時代は変わったと言えばそれまでですが、寂しいことだと感じるのは私だけでしょうか。

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