エビデンスの魔力


「うちのこ○○なんです。」


これは外来をやっていて親御さんからよく聞くセリフだ。

もちろん半分聞いて半分はスルーしている。余計な先入観を持ってその子のことを診たくないためだ。

肝心なその内容だが、当たっているかというと微妙なことが多い。落ち着いて子どもと話すと、目を見て会話をすると、実は思っていたのと違うことも経験する。

これは自分が特別なにかをしているからではない。ごく当たり前に接しているつもりであるが、どちらかと言えば少しだけこどもに寄せていっているところはある。

どうしてそんなことが起きてしまうのかについて、何かで詳しくみたことはないが、自分の中でちょっと思うところが整ってきた。

今日はそんなあたりのお話ができればと思う。


冒頭のセリフであるが、長年その子を育ててきた親からだけ発せられたものではない。生後まだ数ヶ月、早ければ1−2ヵ月のほぼ新生児のころからそういった会話が登場する。

おそらく親ではない周りの人は、どれがどの子かもわからない。ほとんどの赤ちゃんがみんな同じように、泣きながらもがいて、そしてお腹が満たされると寝るということを繰り返しているはずだ。そんな中ですでにある程度の性格や特徴が現れてきているのだろうか??

もちろん、乳飲みが良い子やよく寝る子。反対にそうではない子くらいの違いは出てくる。

しかし多くの場合、それは周りの環境にも依存している。


多くの産後ケアに携わる人であれば経験していることであるが、そういった赤ちゃんの子育て関連の悩みは少しずつ紐解けばなんらかの解決策が存在する。そこをあきらめる言葉として冒頭の「うちのこ○○なんです。」に行き着くのではないかと感じている。

周りに聞くことが出来ず、一人悩んでネットで検索する事が多い現代。ネットでは正解や解決方法がそれこそ山ほど載っているが、そういった考えに行き着く人が求めているのは自分と似た境遇の仲間ではないか。そう、自分と同じ悩みを持っている人との共感を求めているのである。

同じように困っている人を見つけると安心する。一人ではないことがわかると頑張れる気がするものである。でも本当はそれではいけない。

そういった意見を無視、気付かないふりをして解決策を片っ端から試してみて自分の子に当てはめる。そのうち当たりを引いて落ち着く。子育ては本来はその繰り返しのはずである。

「ある人がこう言ってたから」と言って、延々と間違った子育てを実践している例も同じである。子育てとは目の前の子どもとの細かな答え合わせの連続(コミュニケーション)なのだから。


科学とはどんな場合でも一つの正解を求めてしまう。しかし、子育てにおける正解とは一つではない。そこには納得するはずなのに、医療の分野においてはどうしても一つの正解を求めてしまっている。

小児を取り巻く医療は果たして一つの正解を求めていかなければいけないのか。


以前、この様な記事を書かせてもらったことがある。

最新の科学を追い求めると、一つの正解を信じて疑うことをやめてしまうことがある。時にはその部分をスルーすることで新しい真実にたどり着くこともある。


では、例の発言についてもう一度振り返ってみよう。


その発言が出るときの親御さんの心境はこうではないかと思う。

「うちのこ○○なんです。(だから、ちょっと変わったことがあったり、失礼なことがあったりするかもしれないし、自分の育て方が悪いとは思わないでください)」


要するに、これから対面する人に対して予防線を張っているのではないかと考えられる。

その内容が発達の問題であれば、発達障害ということが何らかの免罪符として作用すると捉えている。一体、発達障害とはだれに対しての障害なのかといつも疑問に思ってしまう。


人は一人で生きていれば他の人と相容れない部分ができてくるのは仕方の無いことだと思う。そこを何度もぶつかり、確認しあって少しずつ角が取れて丸くなる過程を経て、社会に適応し大人になっていく。

「この結果にはエビデンスがある」「そのやり方はエビデンスがありますか」という医療職の会話。悪くはない。ただし、優しくもない。

そのエビデンスのある結果とはどの程度のものなのか。
例えば、、、8割の人には効果があって、有意差が出ている(後の2割には逆効果だけど)。これってどうよ??

目の前にいる子に本当に当てはまるのか。
その内容に踊らされていないか。

情報を手軽に誰でも取れるようになってきたからこそ、その価値を本当に見極めて行かないと、いつの間にかレッテルを貼って違う方向に進んでしまっていることがある。

どうか、エビデンスでがんじがらめになってしまう前に目の前のこどもをいろいろな角度から観察して欲しい。いろいろな子育てのやり方を試して欲しい。それが唯一のエビデンスの魔力から解き放たれる方法なのではないかと思っている。

小児整形外科専門ドクター
中川将吾

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