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世界の結婚と家族のカタチ VOL.1: 「日本とはこんなに違う!? デンマークにおける多様化する家族と社会の仕組み」

2022年に隔月連載してご好評をいただいた「世界の結婚の今」。今回は形を少し変えて、「世界の結婚と家族のカタチ」として、注目の国々の結婚、ひいては家族のカタチについて、現地の事情に詳しい方々へのインタビューなどを通してご紹介していくことにしました。第一弾は、デンマーク在住22年、「文化翻訳家」のタイトルでデンマークと日本を繋ぐお仕事をされているニールセン北村朋子さんに、お話をお伺いしました。


文化翻訳家 ニールセン北村朋子氏

2001年よりロラン島在住。aTree代表。Cultural Translator/文化翻訳家。DANSK主宰。食のインターナショナルフォルケホイスコーレLollands Højskole PR・コミュニケーション・マーケティングアドバイサー。一般社団法人AIDA DESIGN LAB 理事。ジャーナリスト、コーディネーター、アドバイザー。講演、ワークショップ、ラーニングジャーニーなどを企画、実施。詳しくはこちら

■1989年に世界で初めて、同性カップルの登録パートナーシップ制度を導入

――デンマークにおける婚姻とパートナーシップ制度についてお聞かせいただけますか?
北村:デンマークでは、1989年に世界で初めてとなる同性カップルの登録パートナーシップ制度が導入され、2012年には同性婚が認められました。同性婚が合法化されてからは、登録パートナーシップ制度は廃止になっています。

デンマークでは、婚姻制度は利用せずに、単に同棲しているカップルも多いですね。法的な結びつきがあった方が良いと思った時点でこれらに踏み切るカップルもいれば、制度に縛られたくないと考えるカップルもいるし、そこはさまざまです。日本では会話の中で結婚の有無を尋ねることが多いと思いますが、デンマークではパートナーの有無を尋ねることが多いです。

このほかデンマークでは、1960年代からコレクティブハウスというスタイルで、家族がいる人もそうでない人も老若男女問わず共同生活をする場が生まれ、今でも各地に存在します。

――デンマークでは家族の多様化が進んでいると聞いていますが?
北村:私の知人には同性カップルもいます。男性同士では、親友に代理母になってもらい、3人で子育てをしているカップルがいれば、女性同士では、精子バンクに登録したりして出産する人もいれば、養子をとるカップルもいます。アジア系やアフリカ系の養子をとっていたりして、まったく外見が異なる子どもを連れているカップルもいますね。

――それらが社会の中で当たり前のこととして受け止められているのでしょうか?
北村:そうですね。小学校1年生ぐらいの時に学校で相手の性別を問わずに結婚できることを学ぶし、デンマークではLGBTQの方々に出会う機会が多く、それを隠したりもしないので、子どもたちも自然と受け入れていくのではないでしょうか。またグローバル・ファミリーについても、デンマークはそもそも王室自体、いろいろな国の人々が混ざり合って今の形になっており、そうした交流の中で今のポジションを築いてきたところがあります。

婚姻と登録パートナーシップ制度利用数の推移

■婚姻/パートナーシップの手続きはオンラインで完了!

――結婚にあたっての手続きはどのようになっているのですか?
北村:デンマークでは、結婚にかかわる手続きをオンラインで行うことができます。国教はプロテスタントのルーテル福音教ですが、オフライン(対面)の場合も、必ずしも教会で結婚するとは限らず、市役所で手続きを行うカップルもいます。別れる時も同様で、相手に会わなくても手続きが進みます。

――別れる時には相手の合意が必要なのですよね?
北村:一方が離婚したいという時には、離婚申請を行うと相手方に連絡が届き、承認するかしないかを問われる形で、相手方がこれを承認すれば、相手と会わなくても別れることができます。相手が承認しない場合は弁護士に相談して、裁判なりのプロセスを経ることになります。

――親権はどうなっているのでしょう? 婚外子が半分以上を占めるデンマークでは、生物学上の両親が最終責任者と定められていると聞きますが。
北村:デンマークは共同親権が多く、子どもが18歳になって成人するまでは、親が責任を持つ形です。子どもが成人すると親には扶養の義務がなくなり、基本的に本人が自分の意志で人生を歩んでいくことになります。養子や代理出産なども多いので、その場合は特別な取り決めがあるかも知れません。

――両親は子どもの結婚には関与しないのでしょうか?
北村:子どもが成人した後は、よほどのことがない限り、親は見守るというスタンスを取っています。また、多くのデンマーク人は新しいパートナーができれば周囲にオープンに紹介します。これは若者のみならず高齢者にしても同じことです。デンマークでは、誰もが生涯にわたって幸せになる権利があると考えられていますので、本人がパートナーと一緒になることで幸せになるのであれば、年齢を問わずこれを応援しようという意識があります。

――高齢者の恋愛が“秘め事”のように扱われがちな日本とはかなり違いますね
北村:日本には戸籍制度があるので、これが重くのしかかりますよね。「戸籍に入る」とか「戸籍から抜く」といったことは、感覚的にも重いし、手続きも大変です。

――国民の情報はどのように管理されているのですか?
北村:デンマークでは1960年代から、CPRナンバーという個人ごとのID番号を利用しています。日本のマイナンバーのようなものですね。CPRナンバーには、同居の家族や親子関係が紐付けられ、子どもがいるカップルが離婚した場合にも、親権を持っているのが誰で、子どもはどこに住んでいるのかなどがわかるようになっています。かかりつけ医もこれに登録されており、具合が悪い時はかかりつけ医に連絡して専門医などの紹介を受け、そこで治療を受けることができます。

■残業もなければ有休もしっかり取得。自分や家族のための時間を大切に

――北村さんはデンマーク在住22年とのことですが、デンマークのカップルの生活をどのようにご覧になっていますか?
北村:デンマークでは共働きがほとんどなので、家事も相互に分担するのが基本です。得意な方が、得意な家事を担うという形で、私の友人の中には男性が料理を担っているカップルも少なくありません。多くの人は残業をせずに16時頃には仕事を終えるし、金曜日は13時とか14時までの半日勤務となります。また、住職接近ができているので、通勤時間は長くても1時間ぐらい。有休も5~6週間あり、これを取得しないデンマーク人はほとんどいないと思います。

――日本とは比べものにならないですね。それだけ人時生産性が高いということでしょうか?
北村:プライオリティの付け方が上手いのではないでしょうか。この背景には“バック・キャスティング”という考え方があります。あらかじめ到達目標を決めて、これを達成するためにはどういう手順で仕事をこなせば良いかを整理し、プライオリティの高いところから着手して、期日までに達成するのです。日本の場合は積み上げ式が多いので、所定の期日に目標に到達するのが難しいと、残業して何とかしようとする。言い方を変えれば、日本では業務プロセスの精査が不十分で、残業が常態化しているのではないでしょうか。加えて、デンマーク人は専門分野を明確にして学ぶと共に、それが仕事に直結しているので、総合職という考え方はありません。それも、適材適所が確実に行われることに大いに貢献していると思います。

――家族の時間が確保しやすいですね。
北村:自分や家族の時間を楽しむための仕事なので、仕事を優先させてこれらを犠牲にするようなことはないですね。仕事は自分の人生を豊かにするためのツールのひとつなのです。1日の1/3は働いて、1/3は寝て、1/3を家族や自分のために使う“8時間ルール”みたいなことを皆が意識していると思います。

2019年にデンマークで100周年を迎えた、「8時間労働、8時間の余暇、8時間の睡眠」モデルを祝うキャンペーンのポスター

――次に家計の分担についてお伺いします。まずは給与の男女差はあるのでしょうか?
北村:給与の男女差は世界全体と比較すれば少ない方ですが、他の北欧諸国に比べると多少あります。またデンマークには、日本のような非正規雇用という形態はなく、全員が正規雇用。人により勤務時間の違いがあるだけです。こうした中、家計の分担は、それぞれの家庭で独自のルールをつくっていることが多いようです。

■デンマークでは自立した人間関係に基づき家族が営まれている

――日本の婚姻制度や家族の在り方については、どのようにお考えでしょうか?
北村:戸籍制度があることで、海外に住んでいると色々な場面で煩雑な手続きを求められます。現状のままでは難しいことも増えていくでしょうから、これは見直した方が良いのではないかと感じています。

――日本では「家族はこうあるべき」といったステレオタイプに基づき、自分たちの在り方を規定しているようなところがあるのに対して、デンマークでは個人の意志が重視されている印象を受けましたが?
北村
:学校では小さい頃から子どもと親は別の人格だと教えるし、大人も子どもが自分の所有物であるかのような捉え方はしていないと思います。子どもにも人権があって、個人は個人という感覚が強いです。成人になれば親の扶養から外れて国の奨学金で学校に行くことになり、個人としてのプライバシーも生じます。親だからと言って、学校にすでに成人した子どもの出欠状況や成績などを教えてもらうことはできないのです。つまり、デンマークでは人間関係が自立していて、夫婦は1対1の個人として対等に接し、子どもも成人すれば友人のようなより対等な関係に移行します。日本では大学の入学式や卒業式、入社式に参列する親御さんがいると聞きますが、デンマークではそうしたことはまずないですね。

日本では、親の意見がパートナーを決める上で大きな影響を与えると共に、結婚してからも夫の両親の影響力が強いと聞きますが、これは親離れ、子離れができていないからだと思います。一方でデンマーク人は基本的に性善説に立っており、個人の意志に基づき新しい家族を作って暮らしているのだから、「きっと大丈夫だろう」と思っている気がします。日本だと親が先回りして心配しますが、デンマークでは失敗してナンボ。舗装された道ばかり歩かせるのではなく、デコボコ道なども体験させることで、子ども自身が学んでいくと考えているようです。このように日本人が先回りして心配する感覚が、家族の在り方を息苦しくさせているところもあるのかもしれませんね。

さらに日本では、若い女性の中にも、「良い条件」の相手と結ばれて楽に暮らしたいと考える人がいると思いますが、デンマークではそうしたことはあまりないですね。そもそも何が良い条件かはわからないし、それぞれが自分のできることを最大限に行い、幸せに生きていくことが大切であって、誰かに食べさせてもらって裕福に暮らすといった感覚はないのだと思います。

――経済的に恵まれたからといって、幸せになるとは限らないですものね。
北村:そうですね。デンマーク人はパートナーの資産や収入に関する期待感はあまりなくて、一緒に過ごす時間とか、一緒に何かを体験することを重視していると思います。この背景にはもちろん、社会福祉が整っていることがあり、一人一人が先々まで考えてお金の心配をしなくても良いというところはあると思います。日本では稼ぎが少ないから結婚するのは早いとか、子どもを持つのは早いといった話を聞きますが、これは社会の在り方にも影響を受けてのことではないでしょうか。

■家族のアップデートは、社会の在り方を変えていくことから

――社会の在り方が違うので、結婚やパートナーシップへの期待も異なるということなのでしょうね。
北村:デンマークを初めとする北欧諸国では、ほとんどの人にとって幸せな社会はこんな形だろうと、民主主義に則って選択して、そのための仕組みを作ってきた経緯があります。ですから、日本の人たちが家族の在り方をアップデートしたいと思うのであれば、家族のことだけに着目してもダメで、その背景にある社会をどう変えていくか、自分がその活動にどう参加できるかといったことから始めないと、なかなか自分が思っている家族の在り方には近づいていかないと思います。

――デンマークでは日本に比べて、市井の人々が政治に参加する機会が多いのでしょうか?
北村:そうですね。学校からして、そういう議論をしています。先日、地元の学校に、民主主義社会における社会福祉についての8年生(日本で言う中学2年生)の授業を観に行ったのですが、まず基本的な説明をした上で、生徒に自分たちの暮らしにどの程度、満足しているかを聞き、挙げられた問題点について「あなたたちは、それらの解決方法を学ぶために学校に来ている」と説明していたことが印象に残りました。つまり、自分が住みたい社会を作る手段を学び、それを試す場が学校なので、そうした取り組みを継続することで、20年後に大人になった時に自分たちが望んでいた社会が実現できるというわけです。

子どもたちも議論を継続することで考えを深めていくので、投票をする時に自分の考えに近い候補者に投票したり、そういう候補者がいなければ、候補者に働きかけてテーマとして取り上げてもらったりもすれば、学校から政府に意見書を出したりすることもあります。家族の在り方についてもそうですが、このように社会を変えるためのさまざまなアクションを学校で体験し、小さな成功体験を積み上げていくので、デンマークにはその気になれば、自分たちにも社会の仕組みを変えられると思っている若者が多いと思います。

日本では、社会の仕組みは自分の力では変えられないとか、自分とは異なる世界の人たちの役割だと思っている若者が多いようです。学校でもそうした考え方や方法論を教えていないし、意見が異なる人との合意形成を図っていくような場もありません。そのことが「社会の仕組みは変えたいけれど無理。受け入れるしかない」という諦めに繋がっているのではないでしょうか。教育の力は本当に大きいのです。

――なるほど。社会全体を変えていくようなアプローチが必要ということですね。
北村:日本は単一民族ではありませんが、長い間、単一民族として見られてきたことから、人権に関する意識が低いのだと思います。デンマークでは人権についての教育もしっかり行われており、人権とは何かをきちんと理解している人が多いと思います。人権は何もマイノリティと呼ばれる人だけの問題ではありませんが、日本ではそもそも、子どもの人権からして犯されていると思うので、そういうところにもっと敏感になった方が良いですね。
――今日は貴重なお話をありがとうございました。

北村さんは、デンマークはロラン島にあるインターナショナル・フォルケホイスコーレ「Lollands Højskole」の開設に関与。現在もPR・コミュニケーション・マーケティングアドバイザーを担っておられる。フォルケホイスコーレとは、民主主義を啓蒙する人生の学校。「Lollands Højskole」は農業や食をテーマにしたフォルケホイスコーレとして、2024年1月に開校を予定している

                                                                          (取材・原稿執筆:西村道子)


インタビューを終えて
私が大好きな国、デンマーク。同国に住んで22年というニールセン北村朋子さんにお話をお伺いすることで、世界に先駆けて同性間のパートナーシップ制度を設けたという“事実”のみならず、その背景にある人々の意識や社会の仕組みを学ぶと共に、北村さんが掲げられる「文化翻訳家」という耳慣れない肩書きの意味するところを腑に落とすこともできました。また今回のインタビューを通して、自分自身の家族との関係を振り返り、整理できたのも大きな収穫。このインタビューが、読者の皆さんご自身の、そして日本の家族について改めて考えるきっかけになれば、そんなに嬉しいことはありません。


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