世界の結婚と家族のカタチ VOL.4: ヒンドゥー教が国民の8割。デジタル先進国でありながら、宗教由来の伝統が社会の隅々に染み渡る不思議な国――インド
注目の国々の結婚、ひいては家族のカタチについて、現地の事情に詳しい方々へのインタビューなどを通してご紹介していく「世界の結婚と家族のカタチ」。VOL.4ではヒンドゥー教徒が国民の約8割を占めるインドにおける結婚事情を、日本に住んで2年のラシ・ラジェシュワリさんにインタビューしてみた。
■日本とは大きく異なるインドにおける結婚の仕組み
――まずは自己紹介をお願いします。
ラジェシュワリ:インドはニューデリー出身のラシ・ラジェシュワリと申します。2年前に学生として来日したのですが、今は東京の会社に勤務しています。家族は両親と弟の4人で、父は日系企業に勤務、母は専業主婦、そして弟は大学生です。私自身は英文学の修士号を取得しています。
――日本に来られた理由は?
ラジェシュワリ:父が日系企業に勤めていることもあり、幼い頃から日本を訪れたいと思っており、これを実現するに至った次第です。日本の文化と人々が大好きなのです。
――インドにおける結婚のベネフィットは? また、結婚以外にパートナーシップ制度のようなものはあるのでしょうか?
ラジェシュワリ:結婚のベネフィットは、税金や社会保障というよりも、社会的な側面が強いです。人々は社会の中で認められるために結婚すると言っても過言ではないでしょう。インドはとても伝統的な国なので、一定の年齢になったら、結婚して子孫を残すことが社会人としてのある種の義務と見なされているのです。一方、未婚のカップルが肉体関係を持ったり、同棲したり、子どもをもうけたり、あるいは養子を迎えることはタブー視されています。法律的には独身でも養子をもらえますが、条件や手続きが複雑だったりします。また、結婚以外にパートナーシップ制度のようなものはないと思います。
――多宗教国家のインドでは、宗教ごとに婚姻法が定められているものの、異教徒間の結婚を想定して制定された国の法律では、結婚できる年齢は女性が18歳、男性が21歳と聞いています。
ラジェシュワリ:そうですね。ただし婚姻年齢については、このところ政府でも男女の年齢を揃えることが検討されており、個人的にもそうすべきではないかと考えています。
――かつては、都市部以外を中心に、児童婚も少なくなかったと聞きますが?
ラジェシュワリ:法律で婚姻年齢が定められたことから、今では減少しています。
――近親婚については、三親等以内の直系血族・姻族、および四親等以内の傍系血族との結婚が禁止されていると聞きましたが?
ラジェシュワリ:そうですね。でもイスラム教徒は、従兄弟同士で結婚することもあります。
――インドの婚姻制度は一夫一婦制ですか?
ラジェシュワリ:国民の8割を占めるヒンドゥー教は一夫一婦制で、国の法律でもそうなっていますが、イスラム教のSharia法では、ムスリムの男性は妻を4人まで迎えることができます。このほかにも、一夫多妻制を認めている部族は多いですね。
――同性婚は認められていないのですか?
ラジェシュワリ:はい。4年前にLGBTQへの差別が禁止され、同性カップルも同棲できるようになりましたが、同性婚が合法化されるまでには、まだ何年かかかるでしょうね。
――インドでは、離婚に当たっては裁判所の手続きを経る必要があり、また、結婚して1年が経過しないと離婚を申し立てられないそうですね。
ラジェシュワリ:はい。さらに離婚までに待機期間が設定され、その間に相手方が何も申し出なければ、慰謝料や子どもの養育、財産の分配などについて話し合うことになります。また、インドの結婚は家族主義的な色彩が強いことから離婚に対する抵抗感が強く、中でも女性の側から離婚を申し立てるのはとても難しく、かつ女性の再婚はタブーとされているのが実情です。
■結婚相手の選定には相手のカーストやインド占星術での相性を重視
――インドでは、宗教はもちろん、カーストにより結婚対象が規定される傾向にあったため、恋愛結婚は少なく、今なお、都市部の住民以外では両親、中でも父親が決めた相手と結婚する形が一般的だと聞きましたが?
ラジェシュワリ:特に都市部以外の宗教心の強い地域では今でもそうですね。女性は、例えば1カ月前に結婚することになった旨を告げられ、相手に会うのは結婚式当日だったりします。
――それはびっくりですね。カーストが細分化されていることなどから、適切な結婚相手を見つけるのが容易ではないとか?
ラジェシュワリ:はい。かつては、新聞に広告を出稿したりしていましたが、最近ではマッチングサイトを利用して結婚相手を探すケースが多いです。中でもポピュラーなのは、Shaadi.comとか、Indian Matrimony.comといったところになります。そして最終的には、インド占星術で相性を確認します。相性が悪い場合には結婚を取り止めるか、あるいは相性が悪くても、当人同士がどうしても結婚したいという場合には、宗教の教えに則った複雑なプロセスが求められるようなこともあります。
――結婚の手続きは?
ラジェシュワリ:異教徒間の結婚、もしくは国際結婚においては、国の法律により、結婚前の30日間にわたり役所で公示され、異議が生じなかった場合には、3名の証人とともに婚姻官吏の面前で宣誓の署名を行い、結婚式を挙げた後、役所に届け出る形になります。一方、インド人同士で、かつカップルが同じ宗教の場合には公示の必要はなく、例えばヒンドゥー教徒同士の場合には、届出の後に挙式するといったことも可能です。
――結婚後の姓についてはどのような仕組みですか?
ラジェシュワリ:地域や宗教により妻の姓を変更せずに済む場合や、夫が妻の姓に変更する場合、自分の姓に相手の姓を加えて双方を名乗る場合もありますが、妻が夫の名字を名乗るのが一般的で、夫が妻の姓に変更したり、双方の姓を併用したりするケースは限られています。
――国民の情報はどのように管理されているのですか?
ラジェシュワリ:インドには、日本で言う「マイナンバーカード」のような「Aadhaar Card(アダハルカード)」という国民識別番号制度があり、顔写真のみならず指紋やアイ・スキャン・データに至るまでが登録されると共に、これに車の免許証やパスポートをはじめとする多様な情報が連携されています。国民は「デジロッカー(Digilocker)」というクラウドから政府が発行するものをはじめ、多様な書類を発行することができます。希望者は、ここに両親や子どもなどの情報を加えることもできます。便利ではありますが、恐ろしくもありますね。
――財産の管理方法などに関する婚前契約を結ぶような習慣はあるのでしょうか?
ラジェシュワリ:かなりのお金持ちでない限り、婚前契約は結ばないと思います。インドにおいて結婚は、カップルが一緒になるということではなく、家族に入るということを意味しています。したがって、離婚を想定するようなイメージがある婚前契約は、インドの文化には馴染まないのではないでしょうか。
■派手派手しい結婚式とその後のカップルのライフスタイル
――結婚式はどのような形ですか?
ラジェシュワリ:正式な方法を採るとなると、前後のさまざまな儀式を含めて1カ月ぐらい、いくつかのプロセスを省いても、1週間はかかります。いわゆる結婚式・披露宴は夜から明け方にかけて行われることが多く、まずは新郎の自宅から会場まで、マーチングバンドつきのパレードで向かいます。
会場には招待客用の食事とアトラクションが用意されており、参加者は食事を楽しみ、大音響のダンスミュージックとパーカッションに合わせて踊りまくります。ホテルや式場でパーティを行うのはごく少数の富裕層のみで、屋外にテントを張って行われることが多く、招待客は親戚や友人など500~800人にも及びます。ですから、他人が招待客に紛れていることも珍しくありません。<笑>
――それにしても、ずいぶんと派手派手しいのですね。
ラジェシュワリ:はい。このパーティが終わってゲストが会場を後にすると、深夜からは家族や親戚と近しい友人が屋外の会場に集まって、結婚式が行われます。そして結婚式が終了した夜中の2~3時頃から、出席者一同で食事を共にします。この時に新郎新婦が相互に食事を食べさせ合うといった風習があります。
――インドで結婚するには、こうした結婚式の費用に加えて、特に花嫁の両親は多額の持参金を用意することが求められるとか?
ラジェシュワリ:持参金(dowry)の額が少ないことがドメスティック・バイオレンスに繋がり、妻が自殺に追いやられるようなケースもあるので、今では持参金は法律で禁止されています。しかし、「ギフト(gift)」の名の下にこうした習慣は残されており、金額は相手の男性の社会的地位などによって異なるものの、月収の60倍にも上ることがあるようです。
――インドにおけるカップルのライフスタイルは?
ラジェシュワリ:妻が働いていない場合は夫が妻を養いますが、共働きの場合は夫婦のジョイント・アカウントを設けて、例えば、夫婦共に給与の半額をそこに入れるといった形で、家計を営んでいるようです。
――家事についてはいかがでしょうか?
ラジェシュワリ:共働きの場合は、家事も互いにシェアするのが基本ではありますが、多くの場合はメイドを雇って家事を手伝ってもらっています。これはインドではかなり一般的な習慣で、料理は自分で作っても、掃除などその他の家事はメイドに頼む家庭が多いです。私の家はアッパーミドルクラスで、以前は複数人のメイドを雇っていましたが、今は1人だけです。
――子育ては夫婦で協力して行うのですか?
ラジェシュワリ:父母でシェアしますが、同時に多くの家庭ではメイドとは別に子どもの面倒を見てくれるスタッフを雇っています。私の叔母は昨年、子どもをもうけたのですが、高齢出産だったこともあり3人のスタッフを雇っています。
■統計&インタビュ-に見るインドにおける結婚の今
――インドの結婚制度はかなり保守的な印象がありますが、婚姻率はどの位になりますか?
ラジェシュワリ:国の統計によると、2020年時点では結婚している人が国民の45%と半数近くに達していますが、時系列で見ると減少傾向にあります。一方で離婚率は1.1%と低いですが、この20年間で、都市部を中心に大きく増加しました。Adjuva LegalのGoogleアナリティクスから得られたデータによると、離婚を申し立てるのは、主に20歳から35歳の配偶者で、性別では男性が多いそうです。最近の研究によると、離婚理由はカップル間のコミュニケーション不足、不貞、経済的な不安定、適合性の欠如などで、高等教育を受けたカップルは伝統的な価値観を必ずしも受け入れない傾向にあるといった見方もなされているようです。
――あなたご自身は、インドの婚姻制度について、どのように考えておられますか?
ラジェシュワリ:私自身は、結婚制度は不必要だと考えています。さまざまな問題の要因になるというのがその理由です。結婚は多くの国において2人の人間により行われますが、インドでは2つの家族によって行われます。そして多くの場合、女性は生まれ育った家族から離れ、結婚相手の家族として迎えられます。つまりは、自分を産み育ててくれた両親ではなく結婚相手の両親の面倒を見ることになるわけで、特に女性にとっては難しい面があるでしょう。これはあくまでも私の個人的な見解ですが、私は結婚相手の両親の面倒を見ることは、妻である女性の責任ではないと考えています。
――インドにおける結婚にはカーストにより選択肢が限られるなどの困難がつきまとうものの、ヒンドゥー教では家族の絆がとても強く、家族の賛同を得て結婚をすることが、最終的に家庭が円満になるために欠かせないといった意見もあるようですが。
ラジェシュワリ:実際には経済面、そして精神面での安定を求めて結婚に踏み切る人が多いと思います。社会の仕組みも、結婚を前提としているところがあります。結婚せずに家を買うのは難しいですし、日本とは異なり渡航にビザが必要な国も多い中、パートナーのビザをスポンサードするのが難しい場合もあります(ビザの発行に当たっては、銀行口座に一定の残高があることが求められる)。
――インドでは同性婚はまだ認められていませんが、LGBTQカップルやグローバル・ファミリーといった家族の多様化は進展していますか?
ラジェシュワリ:伝統的な家族形態を選択する人々が大半ですが、徐々に増えているようです。また、国際結婚をしたカップルは、配偶者の国に住むことが多いですね。
――日本における結婚や家族についてはどのような印象をお持ちですか?
ラジェシュワリ:私が知る限りでは、夫婦がそれぞれ独立しているように感じられます。インドの女性の方が、夫に依存している感じですね。ただ、私はそれほど多くの日本のご夫婦を存じ上げているわけではないので、よくはわかりません。
――最後に、あなたご自身は、将来、結婚されるおつもりですか?
ラジェシュワリ:良いパートナーに巡り会えばするかもしれません。そうなった折には、仮にインド式占星術で相性が悪くても、私は気にしないですね。<笑>
――今日はありがとうございました。
(取材・原稿執筆:西村道子)
【インタビューを終えて】
カースト制度が社会に染み渡るこの国では、主に父親の意志で結婚相手が決められ、インド式占星術で相性を確認した上、下手をすれば相手と対面することなく結婚式当日を迎える・・・。私はこれまでに8カ国における結婚や家族のカタチをリサーチ・取材してきましたが、今回ほど驚かされたことはありません。今や中国を抜いて世界最大の人口を抱え、IT先進国としても知られるインドですが、都市部と地方の格差は依然として甚だしく、また、こと結婚においては昔ながらの風習が色濃く残されているようです。今回のインタビューを通して、世界には私たちの想像を超えた多様性が渦巻いていることを突きつけられ、ダイバーシティ&インクルージョンについて改めて考えさせられる結果となりました。