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世界の結婚と家族のカタチ VOL.3: 世界で3番目に同性婚を法制化した国――スペイン

注目の国々の結婚、ひいては家族のカタチについて、現地の事情に詳しい方々へのインタビューなどを通してご紹介していく「世界の結婚と家族のカタチ」。VOL.3では世界で3番目に同性婚を法制化したスペインにおける結婚制度の現状と、日本在住のパブロ・イバニエス・ガルシアさんへのインタビューの模様をご紹介する。

【スペインにおける結婚制度】

2005年7月、オランダ、ベルギーに続いて世界で3番目に同性婚が認められた国、スペイン。同性婚と異性婚の要件やベネフィットに違いはなく、同性間のカップルでも養子を迎えることができる(スペインでは独身でも養子縁組みが可能)。これに先駆けて、2005年4月に政府系の社会学研究センター(Centro de Investigaciones Sociológicas)が発表した世論調査によると、 スペイン人の66%が同性婚の合法化を支持していたそうだが、それから15年以上を経た最近の調査では、9割近くの国民がこれを支持しているという。

スペインにおける結婚には民事婚と宗教婚があり、いずれの場合も所定の書式に必要事項を記入した上で市役所に提出し、証人同席の上でちょっとしたインタビューに応じることで登録がなされるとのこと。また、結婚のベネフィットとしては他の多くの国と同様、相続に加えて社会保障面のメリットがあるそうだ。なお、スペインでは夫婦別姓が認められており、結婚に伴って必ずしも名字を変える必要はない。

図表1は、スペインで結婚の届け出をしたカップル数の推移を示したものだが、2022年の17万9,107件の3.5%に当たる6,236件が同性間のカップルによるもの。また図表2は、離婚を含む婚姻解消数(婚姻無効、別居<離婚手続きはしていないものの、結婚生活を維持していないカップル>、離婚)の推移を示したものである。双方共に新型コロナウィルスの影響を受けて2020年に大きく減少、その後、増加に転じているが、長期的に見ると異性婚が減少傾向にあるのに対して、同性婚は増加傾向にあるとのこと。一方で、スペインにおいては正式な結婚の手続きを取らずに同棲しているカップルも多いそうだ。

図表1 スペインにおける婚姻数の推移
出典:Instituto Nacional de Estadistica
図表2 スペインにおける婚姻解消数の推移(婚姻無効、別居、離婚を含む)
出典:Instituto Nacional de Estadistica

なお、スペインには日本の戸籍のようなものはなく、国民にはICチップが埋め込まれたD&I(Document of National Identity)が発行されている。結婚するとファミリーブックが交付されるが、これは単に親族間の関係性を示すだけのもので、主にD&Iを持つことができない18歳未満の子どもたちが学校に入学する時や、公的な書類を申請する時などに使われる。そして18歳になると、子どもたちは希望に応じて、自分の名字を父方の姓と母方の姓から選択したり、その並びを決めたりすることができるそうだ。

※本項目は今回、インタビューに協力してくださったパブロ・イバニエス・ガルシアさんへの取材、および以下の参考文献に基づき作成した。
1.「スペインの同性結婚」(Academic Accelerator)
https://academic-accelerator.com/encyclopedia/jp/same-sex-marriage-in-spain
2.「事実婚が当たり前!? スペインの結婚事情」(公務員総研、2020.6)https://koumu.in/articles/200615f


【インタビュー】

■俳優として来日して8年、英語教師をしながら日本人男性パートナーと暮らす

――まずは自己紹介をお願いいたします。
ガルシア:パブロ・イバニエス・ガルシアと申します。私はスペインはバルセロナの出身です。スペインの南部出身の母と、北部出身の父の間に生まれた一人っ子になります。29~30歳のころに日本に移住し、日本での生活も8年になりますが、今は日本人男性パートナーと共に東京で暮らしています。主な職業キャリアはミュージカル・シアターの俳優で、日本に来た当初は東京のミュージカル・シアターで2年ほど働いたのですが、その後、キャリア・チェンジをしようと埼玉の大学に入学し、国際関係論を学びました。卒業後は、日本で英語教師としての仕事に就き、今はインターナショナル・スクールに勤務しています。

私は学生時代に日本人男性のパートナーと出会い、一緒に暮らし始めました。その後、コロナ禍を大都市である東京ではなく豊かな自然環境の中で過ごそうと、徳島県吉野川市に引っ越しました。当時、私は英会話学校で働いていたのですが、パートナーは職業訓練校に通っており、その後、私が英会話学校を退職すると同時に、パートナーが東京でSEとして就職することが決まったので、埼玉に引っ越しました。

吉野川市は「パートナーシップ宣誓制度」を運用していたことから、私たちはここでパートナーシップ宣誓を行いました。この制度ができて2組目、外国人を含むカップルとしては初めての宣誓者になります。また私は、徳島県での最初のレインボー・パレードにも参加しました。これは私がかかわっていた埼玉の組織のサポートにより実現したもので、参加者は80人ぐらいだったと思います。

――地元でのムーブメントを先導して来られたのですね! パートナーシップ宣誓をすることで、どのようなメリットがありましたか?
ガルシア:吉野川市では毎月、匿名で参加できるプライベート・トークのようなイベントを開催してLGBTQの人々をサポートしていたほか、差別防止のための活動にも注力していました。しかし、これらの活動は法律にかかわるものではないので、実際に個々の行政サービスにアクセスしようとすると、結局のところ壁に阻まれてしまうのです。

こうした中、同市の「パートナーシップ宣誓書」は、私たちにとって地域社会の一員としてのステイトメントのようなものでした。また、この宣誓書が充分なパワーを発揮することができなかったとしても、持っていないよりはずっと良い。例えば一方が重篤な病気にかかったような時には、宣誓書を持っていることで、スムーズに医療サービスを受けることができるでしょう。

――徳島と言えば、日本の中でも“田舎”のイメージがありますが、LGBTQの方々が暮らしていく上で、差別されるようなことはなかったでしょうか?
ガルシア:日本では同性婚が法制化されていないので、出会い頭には驚かれたり、疑問を持たれたりすることはありましたが、差別された経験はないですね。当時、勤めていた英会話学校では、職場内はもちろん、父兄に対しても、職員にLGBTQの人々がいるので言葉使いなどに配慮するように伝えてくれていました。

■LGBTQを取り巻く環境は、日本とスペインで大きく異なる

――スペインでは同性婚が認められているということで、LGBTQの方々にとっては、日本よりも暮らしやすいのではないかと思いますが、スペインに帰国することは考えられなかったのでしょうか?
ガルシア:パートナーは試しにスペインで暮らしてみても良いと思っているようですが、私はスペインに帰国することは考えていません。私は子どもの頃からスペインの政治的な状況や文化、ライフスタイルが自分にはフィットしないと思い、大きくなったらスペインから遠く離れた国で暮らしたいと考えていました。日本にいると毎日が探検のようで、私には打ってつけなのです。

また、私たちの現在の環境やライフスタイルは、スペインに戻ったら維持することができません。就職の機会や、(パートナーにとっての)言葉の壁などの問題がありますから。LGBTQの権利という意味では、スペインは日本よりも30年も進んでいます。私に言わせれば、日本は“石器時代”のようなもので、人々はようやくそのことに気づき、動き始めたところと言えるでしょう。日本の人々に同性婚についてどう思うかを尋ねると、皆が口々に「良いんじゃない?」と言いますが、法律面はもちろん、個々のサービスへのアクセスにおいてはスペインが日本を大きく凌いでおり、日本における取り組みは遅々たる歩みというのが現状です。

しかし、私は日本において、ゲイであることを理由に暴行や暴言を受けたことは一度もありません。一方でスペインでは、実際にこうしたことが起こります。スペインは宗教(カトリック)が大きな力を持つ国であり、かつ、フランコ独裁時代を経験しています。教科書にはその後、民主主義の時代がやって来たと記されていますが、実際にはそんなことはありません。というのは、フランコの死の数週間後には民主政権になったとは言え、かつてLGBTQや移民を殺戮していた役人が一掃されたわけではなく、彼らがトーン・ダウンしながらも政府を担い続けてきたからです。

スペインは住むにも旅行をするにも安全な国です。しかし今、スペインは、保守派や極端なカトリック教徒の存在感が増し、社会が大きく右傾化しています。スペインと日本の右翼の大きな違いは、日本の右翼が声を上げるだけなのに対して、スペインの右翼は実際に手を上げるということです。最近も、ゲイの若者が右翼によって殺される事件がありました。私は今、同性婚が法制化されていなくても、日本で快適な生活を送っており、政治的な理由でスペインに戻ることは考えていませんが、この国で早期に同性婚が法的に認められることを心から願っています。

インタビューに応えるパブロ・イバニエス・ガルシアさん

■スペインにおけるカップルの出会いから結婚まで

――スペインと日本では、結婚や家族のあり方が大きく異なっているようですが、カップルの出会いから結婚に至るプロセスは?
ガルシア:日本のお見合いのようなものはなく、2人が出会い、自然に愛し合って、結婚に至ります。

――結婚するに当たっての両親の関与は大きいのでしょうか?
ガルシア:特に富裕層においては、両親の関与度が大きいですね。また、両親は子どもが結婚するに当たってかなりの金額を支出することも多く、私の両親が結婚した際には、父方の祖母が家をプレゼントしてくれたそうです。もっとも今では住宅の価格が上がって家を購入するのは難しくなり、多くのカップルは賃貸住宅に住んでいます。

――結婚に伴い資産管理などに関する契約を結ぶカップルは多いのでしょうか?
ガルシア:多いと思います。私の両親の場合は、父母それぞれの個人口座に加えて、家計のための共有口座を設けていました。家やクルマなど大きなモノは共有で購入することも多いですが、往々にして男性がより大きなパワーを持っているようですね。

――披露宴はどんな様子ですか?
ガルシア:ランチ時から翌朝の1~2時まで延々とパーティを繰り広げる友人もいれば、午後遅めの時間からロッジを借りてパーティを開催し、早朝の5~6時まで大騒ぎをした後、最後にチュロスとチョコレートで締めるといった友人もおり、ケース・バイ・ケースですね。また、友人のみを招いて、普段着のままでバーベキュー・パーティを開催するようなカップルもいます。共通しているのはケーキだけですね。

――離婚には抵抗があるのでしょうか?
ガルシア:特に年配の人々には恥ずべきことだと捉えられています。別れるときに良い関係が保てていれば手続きは簡単ですが、資産のことで揉めるとたいへんです。また、子どもについては離婚後も共同親権で、昔は母親が子どもと暮らすケースが多かったのですが、最近では適性があると判断された両親のいずれかが子どもと一緒に住み、もう一方の親とも毎週、会う機会を持つスタイルが一般的です。

――スペインでは事実婚のカップルも多いと聞きますが?
ガルシア:そうですね。増えていると思います。将来のことはわかりませんし、特に若い人はより自由に暮らすことを求めていますから、他国に移住するケースも増えてくると思います。今後は、国境を越えて給料の良い会社に就職するなど、よりキャリア・オリエンテッドになっていくのではないでしょうか。

――カップルのライフスタイルについてはいかがですか? 日本では、かつては女性が中心的に家事を担ってきましたが・・・。
ガルシア:スペインでも同様でした。しかし、これは徐々に均等になってきています。家事はあらかじめ役割分担を決めない限り、カップルでシェアするのが当然だと思いますね。私たちは二人とも働いていることもあり、明確なルールを設けるのではなく、お互いの向き不向きを尊重しながらも、その都度、必要な家事をシェアしている格好です。また育児については、私たちには子どもはいませんが、家事と同じようにシェアするのが基本だと思います。

■世界の“結婚”が変化する中でもオールド・ファッションなままの日本の制度

――お話をお伺いしていると、結婚はカップルの生活を効果的に営むための契約だということを痛感させられます。
ガルシア:結婚はある人々にとっては“愛の証”かも知れませんが、最近では物事を効果的に進めるための方法論と捉える人も少なくないようです。今はまだ大なり小なり社会的なステイタスの面でメリットがあるかもしれませんが、スペインに限らず、世界各国で結婚は当たり前ではなくなっています。なぜならば、法律面以外では結婚することのメリットは薄れ、むしろ重荷になっているからです。私たちにとっても結婚は、気軽に旅行をしたり、各種のオフィシャルな手続きを効率的に進めたりするための方法論に過ぎません。現在、スペインで結婚することを視野に、その時期を見計らっているところです。

――日本とスペインで結婚や家族についての仕組みが大きく異なる背景にはどのようなことがあるのでしょう?
ガルシア:スペインはそもそも多様な文化が混じり合っていますので、同性婚の法制化についても大きな抵抗はありませんでした。昔からさまざまな暮らし方が共存していたのですね。日本においても歴史的には多様な民族がミックスしてきたものの、地理的要因や言語の壁などから移民は少ない。しかし私は、日本においては同性婚の法制化にそれほど大きな阻害要因があるとは思っていません。日本の問題はむしろ、古い考え方に固執する高齢の政治家たちが幅をきかせているところにあるのではないでしょうか?

私の日本の大学での卒論は“日本における同性婚”に関するもので、憲法のみならず、戸籍や皇室に関する法律にも言及しましたが、多くのところに男性優位のメカニズムが組み込まれており、立法者たちも保守的な姿勢を取っています。メカニズムを変えるとなると、自分たちのパワーを失うことにも繋がりかねないので、変えたくないのでしょうね。また、天皇が国の象徴であり、皇室の家族構成が国民が見習うべき家族のイメージと見なされている限りは、法律を部分的に変えても、社会を大きく変えることにはならないのではないでしょうか。

日本は長年の間、テクノロジー面などで進んでいるイメージがあり、実際に他国に秀でているところも少なくありませんが、そうした天国のような国である反面、人権を踏まえて平等な社会を築くという意味では他国に遅れを取っています。中でも、日本の結婚制度は、オールド・ファッションと言わざるを得ないですね。平等と言う限りは、すべての人にあまねく平等でなくてはなりませんが、日本の法律はそうはなっていませんから。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。

(取材・原稿執筆:西村道子)


【インタビューを終えて】
パブロ・イバニエス・ガルシアさんとは、とある英会話カフェで出会ったのがきっかけ。さりげない会話の中でも人権を意識した発言が印象的で、いつかインタビューさせていただきたいと思っていたところ、ようやくその願いを叶えることができました。中でも印象的だったのは、LGBTQに関しては“石器時代”と言いながらも日本に住み続ける理由に、社会の安全性を挙げられたこと。長年、この国に住んでいると、この程度の安全性は当たり前に感じられますが、その傍らでは旧態依然としたルールに安住して人権への配慮を怠りがちだとすれば、今を生きる私たちには、そうしたルールが何のためにあるのか、今一度その目的に立ち返って、この国のあるべき姿を見直していくことが求められているのではないか。今回のインタビューを通して、そんな思いを新たにさせられました。



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