少子・高齢化で世界の先を行く、日本の結婚と家族はどこに向かっていくのか?
【Famieeディスカッション 第5回 ゲスト:大妻女子大学 人間関係学部 人間関係学科 社会学専攻 准教授 阪井裕一郎氏】
多様な家族のあり方を世の中に投げかけていく「Famieeディスカッション 家族のカタチ対談シリーズ」の第5回は、大妻女子大学 人間関係学部 人間関係学科 社会学専攻 准教授の阪井裕一郎さんと、Famiee代表理事の内山幸樹が対談。その内容を抜粋してご紹介します。
(noteではディスカッションの一部を記事にしています。ディスカッションの全内容は、FamieeのYouTubeチャンネルでご覧いただけます。)
■明治時代を転換点に日本の家族の在りようは共同体主義から家族主義に変化
内山 幸樹(以下、内山):皆さんこんにちは、Famieeディスカッション第5回目は、大妻女子大学の阪井先生にお越しいただきました。今日は、Famieeが取り組んでいる「家族とは何か」「結婚とは何か」といったことについて、長年にわたり研究されている阪井先生にインタビューさせていただくのを楽しみにしておりました。まずは自己紹介からお願いいたします。
阪井 裕一郎(以下、阪井):大妻女子大学の阪井と申します。家族社会学を専門としております。結婚の歴史的研究を中心に、事実婚など多様なパートナー関係に関する研究を進めており、『仲人の近代』(青弓社、2021年)、『事実婚と夫婦別姓の社会学』(白澤社、2022年改訂新版)、『結婚の自由 「最小結婚」から考える』(白澤社、2022年)といった本を書いております。
内山:早速ですが、ご専門の家族社会学の観点から、家族や結婚の概念についてご説明いただけますか? また、これは歴史的にどのように変遷してきたのでしょうか?
阪井:結婚とは一言で説明すれば、社会的に承認された性的関係のことだと思うんですね。そこで子育てや介護を含む支え合いのための特別な権利義務関係がある。そして家族というのは、結婚を基盤として形成される親族集団だと言うことができると思います。ただし、こうした特別な権利義務が認められる関係が、現在のような狭い範囲に限定されていて良いのかという点が、今日の議題のひとつになると思います。
結婚や家族の変化ということで、まずは明治以前から明治以降についてお話しします。明治以前には、家族は村の共同体に埋め込まれていて、村社会や親族集団の生活や利益のための共同体主義的な存在でした。これが明治以降、家制度が確立し、家の存続すなわち祖先崇拝や子孫繁栄が何よりも重視される中で、家族主義的な位置付けに変わっていきました。つまり家族とは家のことであり、結婚とは家を維持する手段だったわけです。
内山:明治以前は村のための結婚だったものが、明治以降は家のための結婚になったということですか?
阪井:そうです。あと重要なのは、明治以前は人口の大半を占める庶民と、5%程度に過ぎない武士とで、結婚や家族の在り方は大きく異なっていました。しかし明治時代になると、武士の家族こそが正しい結婚や家族の在り方だということになり、全国民に教育されていったのです。
内山:明治以前の武士の結婚と庶民の結婚はどのように違っていたのでしょうか?
阪井:武士の結婚は、家を大事にするということで、政略的だったり、男尊女卑的だったりしたのですが、庶民の結婚は、今では考えられないほど多様でした。例えば“夜這い”という伝統文化があって、夜、男性が女性の家に入り込んで性的な関係に及ぶことが結婚に至るプロセスだったりもしたのです。結婚前に女性が性的関係を持つのは良くないという「処女規範」は、近代以降に西洋から輸入された考え方で、明治以前はむしろ結婚する前に処女を失っておかないと結婚できないという考え方もありました。しかし明治時代になると、こうした庶民の慣習は正しくないと切り捨てられ、武士のような結婚・家族が日本の伝統であるかのように義務教育などを通して教えられていったのです。
内山:すごい違いですね。
阪井:今、議論になる夫婦同姓の原則も明治民法で決められたものです。武士的な伝統では父系が重要なので、男女ともに、父親から引き継いだ名字を生涯変えることはなかったわけですが、西洋に追いつこうということでドイツの法律などを真似て夫婦同姓が導入されました。それが今では世界で日本だけが夫婦同姓を維持しているようなおかしな状況になっているわけです。加えて日本は、明治の初期までは世界でも有数の離婚が多い国だったのですが、これも西洋から見たら恥ずかしいと、民法で離婚するための条件を定めたことにより減っていきました。しかし、戦後になってこれがまた増えてきたのです。
話を戻すと、当時の結婚は、好きな人と一緒になるのではなく家のための結婚で、跡継ぎを残すことが重要でした。こうした中、当時は子どもができなければ「嫁失格」(当時は男性に不妊の原因があるとは考えられもしなかった)として離婚させられたり、男の子が産まれなければ産まれるまで出産することを強制されたり、このほか養子縁組も盛んに行われ、血の繋がりよりも家が上位にあるような、そんな結婚観だったのです。
■第二次世界大戦後は家制度が廃止され、恋愛結婚が増加
内山:その後、現在に至るまで、日本における結婚観はどのように変遷してきたのでしょう?
阪井:戦後になると家制度が廃止されて、「入籍」ということがなくなりました。今、芸能人が結婚すると「〇さんと『入籍』しました!」と言われたりしますが、実際には「入籍」している人なんていないんです。「入籍」というのは家制度の下での結婚の在り方で、夫の戸籍に女性が入り、嫁になること。女偏に家で嫁という漢字ですね。戦後は夫婦単位の結婚に変わっていくので、結婚する時にお互いが自分の戸籍から出て、新しい戸籍を作るのです。
内山:あくまで二人で新しい戸籍を作るんですね。
阪井:そうです。しかし、婚姻届を提出すること自体を「入籍」と呼んでいるところもあるので、そんなに目くじらを立てなくても良いではないかという意見もあれば、いや、やはり「入籍」という言葉は男尊女卑的な嫁規範と結びついたものだから使うべきではないという意見もあります。戦後の憲法では男女平等、個人の尊重と言ったことが盛り込まれて、理念としては個人主義的な結婚に変わっていきました。
戦後は恋愛結婚が普及していき、1965年頃には恋愛結婚がお見合い結婚を上回るようになります。それまでは恋愛結婚は恥ずかしいことで、「畜生婚」「野合」などと呼ばれ、仲人を立ててお見合い結婚をするのがまともであり、恋愛結婚などするのはまともな家ではないと言われていたのですが、戦後、価値観の変化や、当時の皇太子の結婚(1959年)が恋愛結婚だと喧伝されたりしたこともあって、恋愛結婚がむしろ憧れの対象に変わっていきました。
こうした中、1980年代ぐらいまでは国民の95%程度が結婚する“皆婚社会”だったわけですが、現在はまた未婚化が進み、結婚が自助努力とか自己責任に変わってきています。この背景には、職場や地域などの個人が属するコミュニティと個人の結びつきが弱くなってきたこと、および他者が「いつ結婚するの?」「良い人、紹介しようか?」などと言うのはプライバシーやハラスメントの観点からいかがなものなのかという気運があります。
内山:勉強になります。
阪井:あと近年では、マッチングアプリにより結婚する人が増加していますね。2022年11月に明治安田生命が発表した調査結果によると、2022年(1~10月)に結婚した夫婦のうちマッチングアプリで出会った夫婦が23%で、1位だったそうです。コロナ禍の影響もあるでしょうが、思っている以上にマッチングアプリが市民権を得ていると思いました。
家族をめぐる大きな変化は、世帯の変動にも現れています。かつては3世代世帯が多く、1980年までは20%ぐらいだったものが、今では7%程度にまで減っているし、一方では単独世帯が40%ぐらいに達し、いちばん多くなっています(図表1)。
内山:「結婚」と「家族」は、セットで変遷してきたという理解で良いのでしょうか?
阪井:これまでは「結婚」と「家族」がほぼ同義で捉えられてきたので、セットで変わってきたと考えて良いと思います。しかしこれからは、この「結婚」と「家族」を分離して考えていくことが大切なのではないでしょうか。
内山:結婚と家族を分離して考えるというのは、面白いテーマですね。Famieeもこれまでは生きていくための共同体として、「家族」という概念を広げられるのではと思っていたのですが、次のサービス規格を考える中で、家族の概念を広げるのではなく、家族以外の生きていくための共同体の枠組みも社会として認めるのが良いのではないかと思い始めています。そうした意味で、先生がおっしゃった「結婚」と「家族」を分離するという感覚がすごくマッチする気がしました。
阪井:日本の場合、家族になる方法が結婚しかないですよね。その結婚も異性間、かつ1対1で、恋愛関係や性的な関係を伴う。さらに、子どもを産んだり育てたりする、支え合う関係は結婚しかない。同性愛パートナーだけではなく、アセクシュアルやアロマンティックなど、性的関係、恋愛関係を望まない人たちも認知されつつありますが、そういう人たちは家族、もっと言えば支え合う関係を作ることができない。「結婚 or 孤立」というところが日本の社会の大きな問題なのだと思います。
■結婚や家族に関する最大の問題は“未婚率の上昇”と“少子化”
内山:次に、現代における結婚や家族に関する問題とその背景をお聞かせいただけますか?
阪井:まず注目されるのが未婚率の上昇、つまりは誰もが当たり前に結婚する社会が終わったということだと思います。50歳の時点で一度も結婚経験がない人の割合を生涯未婚率、最近では50歳時未婚率と言い換えられていますが、これが1970年には男性で1.7%、女性で3.3%と、誰もが結婚するのが当たり前だったものが、2020年になると男性が28.25%、女性が17.8%で、以前に推定されていた以上の速さで上昇しています(図表2)。
学生にもよく話すのですが、「将来、結婚して子どもをもって、おじいちゃんやおばあちゃんになったら、孫の面倒でもみて暮らしたい」と思っているかも知れないけれども、今後は一生涯、孫を持つという経験をしない人が半分以上になると推計されている。「年を取ったらおじいちゃんやおばあちゃんになる」という、かつては当たり前だった人生が、当たり前ではなくなってくるのです。
次に少子化についてお話しすると、日本の出生率は1.26(2022年)で世界的に見て際だって低いわけですが(図表3)、大事なのはその背景に家族主義があるということです。先進諸国の中では、家族主義が強い国では出生率が低い傾向にあると言われています。家族主義とは、ひとつは公共サービスが少なく、子育てや介護などのケアは家族の責任だとされる社会であること。もうひとつは、家族観が画一的だということ。例えば、“夫は〇〇、妻は××”といったジェンダー規範が強いとか、血が繋がっているのが本当の家族だとか、結婚と出産はこういう順番とか、あらゆる点で“これが普通”という意識が強い社会です。こうしたことから言うと、家族主義からの脱却、ジェンダー平等に基づく制度の構築などが少子化を解決する鍵になると思います。
内山:未婚率の上昇と、出生率の低下の2つが結婚・家族についての重要な問題ということですね。このほか最近では、高齢者の問題も大切だと思っています。過去には結婚していたものの、パートナーに先立たれたとか離婚したといった場合、子どもがいなければ天涯孤独になってしまいます。こうした中、「パートナーは欲しいけれど、今さら結婚もないだろう」と考える高齢者もおり、彼らのセーフティネットをどうするかという問題も、意外と大きくなってくるのではないかと思います。
阪井:これまでの社会制度は、家族に依存することを前提にできていましたが、平均寿命が延びて社会がこれだけ変わっているのだから、現在のニーズを汲み取って、支え合いの制度が変わっていかなくてはならないですよね。
■どうなる? これからの日本の結婚と家族
内山:今後、結婚や家族はどうなっていくと考えていらっしゃいますか?
阪井:今述べたように、社会が変化しているのに従来のような狭い枠組みの結婚制度を保持していたら、そこに入れない、あるいは入ろうとしない人が増えるのは当然です。こうした中、多様化するニーズを汲み取って、結婚もそうですが、どんなパートナー関係が合理的かを考える必要があると思います。
既婚と独身という二項対立的な概念があり、結婚からはみ出たら孤立、という状況こそが日本の大きな問題です。つまり、結婚が性的関係を伴う男女に限定されており、また結婚しないと何ひとつ叶わないような状況を変えていかなければなりません。こうした中、重要なのは、家族になぜ性関係が必要なのかを問うことだと思います。同性婚が認められることは大切ですが、これはやはり性愛規範に囚われているわけで、友人同士、例えば高齢者が支え合う、シングルマザーが支え合うなど、多様化する社会で人と人が支え合う受け皿をたくさん用意していくことが大切ではないでしょうか。
内山:Famieeでは多様な家族のカタチが当たり前に認められる社会を実現するというミッションを掲げており、同性カップルのみならず、事実婚や夫婦別姓のカップル、あるいは互いに支え合って生活するシングルマザーの親子同士なども家族として認めても良いのではないか。現状の法律では家族として認められないこれらの方々に対して、住む場所に依らず家族関係の証明書を発行すると共に、その証明書の保有者に企業が提供する家族向けのサービスや福利厚生を提供できるようになれば、法律を変えなくても民間の力で社会を変革することができるのではないかと思っています。
これまでは第一弾として、同性カップル向けのパートナーシップ証明書を発行し、これを勤め先や病院、生命保険会社などに提出すれば、所定の手続きを経て家族としてのサービスを受けられるような体制を整えてきました。既に大手企業や自治体など約90カ所が受け入れを表明してくださっていることから、このパートナーシップ証明書を拡張することで、先ほど申し上げたような多様な家族のカタチをカバーすることができるのではないかと考えております。先生のご意見をお聞かせいただけますか?
阪井:素晴らしい活動だと思います。改めてご説明いただいて、法律がなかなか変わらない中で、法改正を待つのではなく、今、困っている人がいるという実態を見据えて、現実を先に変えていこうとしているところが素晴らしい。その結果、政治や制度や法律が変わっていくきっかけにもなり得ると思います。
以前、事実婚について講演したことがあるのですが、この時のオーディエンスは不動産会社や旅行会社、ウェディング関連企業の方々でした。そうした企業の方々も、現実の家族がどんどん変わっていく中、今までのビジネスモデルではうまくいかないし、マーケットは縮小する一方なので、多様な家族の在りようや共同生活について知りたいと思っておられたのです。我々研究者は、理念や理想にフォーカスしがちですが、現実がどんどん変わる中、ビジネスも変わらざるを得ない。そうした現状があるということを痛感しました。
内山:G7参加国の中で日本が唯一、同性パートナーに対する法整備が進んでいないという現実があります。こうした中で、Famieeが取り組んでいること以外に、どのような活動が求められるでしょうか。
阪井:よく質問されるのですが、LGBTに関する調査では世代により回答が大きく異なりますので、徐々に変わっていく側面はあるかと思います。現実が変わることが国に対するプレッシャーになりますからね。また、義務教育も変わってきているとは言え、やはりジェンダーなど人権の問題を早い段階から学ぶ機会があると良いですね。研究者としても、こうしたことを発信していく責務があると思っています。
内山:この輪が広がって、世の中が変わっていけば良いと思いますので、今後もいろいろな場面でご一緒できれば幸いです。今日はありがとうございました。
(noteではディスカッションの一部を記事にしています。ディスカッションの全内容は、FamieeのYouTubeチャンネルでご覧いただけます)
一般社団法人Famiee
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