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VINTAGE⑨【方言放言】

ようやく夕方は秋の装い。風が肌寒く、昼間の真夏のギラツキとはうってかわって、夕焼けと少し強めの風に流されて・・・・・・

カランカラン

「いらっしゃい」
「どうも。外はもう涼しいですね」
「そうねぇ。もうそろそろ秋になってくれないと困るわねw」
「自分もそうです。冬が恋しくなってきました」

少し時間が経って
「ベーコンチーズセットお願いします」
「はい、今日は何にしましょうかねぇ・・・」

マスターもコーヒーの銘柄当てを最近楽しみにしているようだ。
「こっちに来て、2度目の夏も慣れたものではないですね。こっちの夏は『暑い』というより『痛い』です。」
「東北の夏はやっぱりこことは違う?」

「そうですね。暑いことには変わりはないですが、ここまで攻撃的な暑さではなかったと思います」

「地元には結局帰らなかったの?」
「帰る理由もないので帰りませんでした。おかげで色々な体験が出来ましたよ。研究会にも参加が出来たし。・・・・・・マンデリン!」

「ブブー!正解はブラジルです」

まぁ、いつものごとくハズレなのだが、最近はハズレとも思わなくなってきた。正解を聞いて、それを味わうことに楽しみがシフトしてきたのかもしれない。しばらくはいつものように心地よい音楽は自分の肩や頭をなでるように滑り落ちる。最近、

しばらくするとスーさんも入ってきた。
「おう、いらっしゃい」
「どうも、おじゃましています」
一通りの挨拶を終えると、やはり夏休みの話題に・・・・・・
「今年は帰らなかったのかい?」
「いや、今年『も』帰りませんでした」

まぁ、色々と嫌な思い出もあるのだが、ここでは詳しくは書かない。
【*詳しくは『戦略的モラトリアム』で】

なぜだか話題は方言の話に・・・・・・
「地元ではどんな方言があるの?」
いきなり聞かれて少し戸惑った。ふと思い返してみれば、自分は思ったほど地元のことを知らない。いや、忘れてしまったのだろう。少しずつ記憶の糸をたぐり寄せ、祖父、祖母の話し方を思い出してみると・・・・・・

「『け』です」
???
周りにはクエスチョンマークが数多く飛んだ。

「『け』ってなに?どういう意味?」

「『召し上がれ』とか『食べて』って意味です」

???
「ほら、け」→「ほら、食べなさい」

辺りがどっと湧いた。
「そんなの分からないよ。この辺じゃ伝わらないよwww」
「いや、そうなんですよ」

ふと、外を見るとSさんが自転車でやってきた。

カランカラン

「いらっしゃい」

珍しくトーストとコーヒーをオーダーする。

「Sさん。け」
??
「ん?なに?」
「け」
いたずら好きのスーさんが、東北弁で話しかける。
「ほら、け、け。」

きょとんとその場でフリーズするSさん。

そろそろ種明かしが必要か。

おもむろに隣から
「Sさん、それは東北の言葉で『食べて』って意味ですよ」

ガクーーーーーーーーーーーーッとカウンターに項垂れたから発した言葉は、

「それは何なの?東北寒いから体温を外に逃がさないために口をあまり開けないようになってるわけ?」
*Sさん推論。真偽のほどは定かではない。

あたりはどっと湧いた。
「うんうん、もしかしたらそうかもしれない」
「いや~思いもしなかったなぁ、そういえばそうかもしれないです」

和やかな雰囲気のなか、しばし方言談義になって投了。

帰りの途中、自分の言葉から訛りが消えていることに気がついた。地元から離れて数年、そこにいたという事実だけが残り、身体から、頭から、その事実が消えていく。少し寂しくもあり無言になってしまった。夏はまだまだ優勢。明日のボクらを照り焼きにするだろう。
東北の夏よりも攻撃的な望郷の念に駆られた時間だった。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》