VINTAGE①【カップに咲く花】

カランカラン……

アルバイトもない午後の憂鬱。大学2年の僕が自転車で向かう先はVINTAGEという喫茶店。店内は程よくエアコンが効いていて快適だ。

「おかえりなさい。今日はどうする?」

マスターのおばさんがオーダーを聞いてくる。

「ベーコントーストとコーヒーはお任せで」

最近、この店の常連になってからコーヒーは銘柄当てにチャレンジしている。まぁ、一度も当たったことはないのだが……

「マンデリン!」

「残念。モカ・マタリでした。」

今日も外れだ。カウンターが笑顔で包まれる。

「だめだなぁ」

奥の席で笑顔でおばさんの旦那さんが語りかける。ああ、今日も日が暮れる。

カランカラン……

「いらっしゃい!」

少しふくよかな女性が入ってきた。アジア系?日本人とは少し違う雰囲気だ。片言の日本語でオーダーをする。笑顔が素敵な女性だ。マスターのおばさんに何かお土産を渡した。

つ旦   ←2ch的なAAです

コトッ。

しばらくすると、カウンターの自分のところにコーヒーカップが置かれた。

「これ、愛華さんから」

愛華さんという名前らしい。モンゴルの留学生?もしくは働いている人?深くは聞かなかったが、とても明るく笑顔が素敵だ。日本人がいかに無表情か分かる。感情を表に出さないというだけだろうが、楽しい時にはしっかり笑顔になるべきだろうな。幸せそうな空気はきっと伝染する。自分も笑顔で

「あっ、ありがとうございます」

軽く会釈をすると、社交辞令のような自己紹介をした。

じばし、楽しい世間話に興じると、ふとコーヒーカップに華が咲いた。

愛華さんからもらった球状の塊をお湯の中に入れて出されたが、カップの中でその球はぱらっと崩れ、お湯の中で華が開いた。

何とも美しい飲み物だろうか。

香りはジャスミン。すっきりとした後味がした。愛華さんは忙しそうに荷物をもって出て行った。ほんの30分くらいだったけれども、とても充実した時間だった。

遠い国まで来て、一生懸命に生きているんだな。心細いことはないのだろうか。

それに比べて自分は小さな日本の東北から関東に移動しただけで、少し心細いこともある。もっと強く生きなければだめだ。

社会に出るまでのモラトリアムを味わうことなんて贅沢の極みだ。とても愛華さんには恥ずかしくて言えない。

さて、明日の講義も頑張るか。

「自分も帰ります。」

VINTAGEを後にすると、自転車で足早にアパートに帰っていった。時間は有限だ。今やれることをしなければ。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》