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VINTAGE【意志とは】⑬


年の瀬も迫った12月
街中慌ただしく、大きな買い物袋をぶら下げてスーパーから出てくる人も目立ってきた。山から吹き付ける木枯らしは寒さを一層際立たせている。大学も講義が終了し、1月の後期試験に向けての準備だ。地方から出てきている学生は日本中の田舎に散っていく。自分はここにいるけれども......。

年末年始はアパートでゆっくり過ごす計画を立てて、あとはネットカフェでごろごろするか……。クリスマスも一段落し、若者のイベントも一通りは終わり。後はアルバイトだろうが帰郷だろうか好きにすればいいさ。

カランカラン……

「いらっしゃい。今年も終わりだね。地元には帰るの?」

「いや、帰らないです。バイトもあるし……のんびり部屋で過ごしますよ。明日までは大学の図書館も開いてるし、それなりに時間つぶせるかなと思ってます。10冊くらい本を借りて、読書正月にするつもりです」

電車は大晦日から元旦にかけて特別ダイヤになって、明け方まで電車は動いている。初詣の為だろう。明治神宮を筆頭に神社はたくさんある。一年の計は元旦にありじゃないけれど、それなりに毎年、年の初めの日は何か特別な思いがあるらしい。自分にはそんな思いは最早ないのだが……。明治神宮に行ったときもカップルばかりで不愉快極まりないバカ騒ぎだったと反省する。靖国神社にも行ったが、特に何の観光をする訳でもなく、ただ参拝するのみだった。東京に行ったらやってみたいことなんて、田舎にいるときは気がつかなかったが、単なる幻想で、ただのお祭り騒ぎに過ぎないモノだったんだ。

「はい。今日はこれ」

目の前に珈琲が置かれると、酸味の強い、いや強すぎる口当たりと鼻を劈く鋭い香り。


……「すごい飲みにくいですね。香りも強いし...」

「キリマンジャロ!!」
今回は少し自信ありげに答えた。


ニコッ!

「うん。ハワイコナでした」

「へ??」
少し驚き、マスターを見つめた。

「こんなに高価な珈琲…セットで付けていいんですか」

「うん。たまにはね。年末だし」

笑顔で切り返すマスターに軽く会釈をして

「すいません。ありがとうございます」

とお礼を伝えた。年末の特大サービスに感謝しつつ、今日も長く居座ることにとても申し訳なく思いながらも、バッグから読みかけの本を出す。

……ッキッキッ!

目の前に自転車が止まると、草臥れた顔をしてSさんがやって来た。

カランカラン……


「あっSさん、こんばんは」

「やぁ、君は地元の東北には帰らないの?」

「はい、帰りません。こっちで気楽に過ごしますよ」

「そっかぁ。田舎に帰ったら親御さんも安心するんじゃないの」

「まぁ、それはそうですけど。鬱陶しさの方が自分にとっては嫌ですかね。親類縁者もたくさん来るので、どうせ喧嘩にもなるだろうし。精神衛生上良くないことが多いので」

「まぁねぇ所詮人は人、自分は自分だよ。親戚が鬱陶しく思えるのはどこでも同じだよ」

そういうと、Sさんは自分の親戚関係について話し始めた。確かにどこでも一緒のようだ。頻繁に会わない親戚はどうしても相手のことを詳しく聞きたがるものだ。しかし、それが自分には証人喚問や尋問のように思える。そして他の親戚縁者との比較も始まる。これはもう晒し者以外の何物でもない。自分はこんな環境がたまらなく嫌だった。しかし、どうやらこういう思いをしているのは自分だけではないらしい。Sさんも相当苦労しているようだ。いや、苦労していたようだと過去形にした方がいいのかもしれない。最早彼はそんなイベントにも動じない心の強さを持っているようであったからだ。

「結局は自分だから」

その言葉が彼の強さを物語る。これほどまでに強いメッセージ性のある言葉はあるだろうか。極めて自分勝手に思えるだろうが、自分の人生の責任を持つのは勿論自分自身である。その覚悟が出来ているからこその強い言葉だった。決意の表れとでも言うべきか。
自分にはその決意が大学2年にしてない。だから他人の言ったことに心が揺り動かされるのだ。彼のような芯の入った人生を送りたいものだ。

彼の話す音楽の話に少し聞き入って、ギター演奏をデザートに2杯目のコーヒーを啜りながら、大学2年目の12月が過ぎていく。

音楽家の強い意志という光に当てられた自分は少しだけ勇気を貰った気がして、少しだけ背伸びをして社会学の専門書を翌日借りに行ってしまった。

決意とは見せかけだけではない継続した強い意志

自分にはまだない。その本は冬期休業中、部屋の片隅で眠ったまま、また大学図書館に返却されていったのである。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》