VINTAGE⑥【若さの秘訣】

最近、漢字のナンクロがブームなのか?店の常連さんはこぞって、店に置いてある漢字ナンクロを解いていた。自分も例外ではないが・・・・・・。

・・・・・・

黙々と解き続けるカウンターで、80歳を超える元海軍で日銀、そして東京帝国大学出身の御大が、重たい肩書きを体中に背負って、やって来た。
「おお、皆さんやってますな」
笑顔混じりに挨拶を交わすと、早速自分の大学生の頃の話に一輪花を咲かせていた。あまりにも可憐な花だったので、自分は頷くことに終始していたのだが。誰かが解いた解答を見て、そこから話題を振りまく花咲か爺のような御大をみんなが生ぬるく、相手をしているという漢字であろうか。

そのときの自分が対峙していたナンクロは以下のようなものであった。




□ □ 部

□には番号が振ってあって、他の空欄の同じ番号も考えに入れないとだめなのだが、どうやら行き詰まったようだ。

少し休憩・・・・・・

「すいません。ベーコンチーズトーストセットお願いします」
「はい、コーヒーは?」
「お任せで」


コーヒーの銘柄当ては相変わらず続けている。一問も正解したことはないのだが・・・・・・
苦笑いのマスターが、key coffeeの缶を開け、コーヒーをドリップすると、辺りに香ばしい香りが漂う。
「じゃあ、これ」

目の前にコーヒーが置かれ、おもむろにテイスティング・・・・・・

「ブラジル!」
「残念。グアテマラでした」
苦笑い混じりに項垂れると、

「なかなか当たりませんなぁ」

御大が、ふと会話に飛び込んできた。ここぞとばかりにナンクロのことを聞こうと思い、自分も御大に話しかけた。東大出身の天才爺なら、閃くかもしれない。

「すいません。これなんですけど、分かりますか?」

先ほどの問題を彼のテーブルに差し出した。



□ □ 部


「ん~。こればですねぇ」
さっと筆が走る。それで出来た回答案が以下のようなもの



大 腿 部

「御大!腿なんて文字、他の空欄見ても汎用性ない漢字なので、たぶん違いますよ」

彼はそんな若造の指摘は聞かずに『女子大生』の思い出話を始めた。結局これが言いたかっただけなのだろう。あまりにも気分よく話すものだから、ナンクロのことは忘れて、彼の東大生だったときの話、高校生のときの話を面白おかしく聞いていた。若い頃を思い出したからだろうか。少し顔は紅潮し、血の気一杯に情熱時代を話し続ける。そのまま、脳卒中で倒れるんじゃないだろうかと心配したほどだ。

30分ほど、言葉に言葉を重ね、思いの丈をボクたちに容赦なくぶつけた彼は、杖を片手に紳士帽を被って出ていった。聞き疲れしたボクらは暫く沈黙し、年寄りのパワーに圧倒された時間を振り返っていた。

カランカラン......

ミュージシャンのSさんが今日もまた、自転車を漕いでやって来た。少しぐったりしている周りを尻目にコーヒーを頼み、ナンクロ本を開いた。

「なんだ、ここの部分は?」



大 腿 部


さっきやっていたページだ。

「いや、ここはどうしても思いつかなくて、御大がここだけ埋めて帰りました」

自分がそう答えると、Sさんはカウンターに項垂れるように崩れ落ちていった。

「何考えてるんだ!あのジジィは!こんな言葉を真っ先に出すなんて。本当に捕まるぞ」

周りは和やかな笑いに包まれていた。

「いやぁ、ホントに御大は元気だよ、感心するぐらいに」

「ホントにそうねぇ、ビックリしちゃった」

「発想力はすごいですねぇ、普通ぱっと出てこないですよ」


口々に尊敬にも似た言葉が飛び交うと、Sさんはすぐに反論

「単にスケベなだけだ、まったくあのジジィは!」

一瞬の沈黙の後、また笑いの波がやって来た。

「確かにそうだww」

辺りが暗くなり、自分も帰路についた。80を超える好色一代男は今もなお現役。若さの秘密はスケベな性根なのだろうか?

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》