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恋の始まり

夜、職場から駅に向かう道中で、誰かに突然声をかけられた。

「よかったら、ご飯、行きませんか?」

驚いて声のほうに顔を向けたら、中嶋君がちょっと緊張した顔で私を見ていた。中嶋君は職場の男性で、今年うちの部署に来たばかりの若い子。何歳年下なのか正確には分からないけどたぶん5歳以上は離れているだろう。

そんな若い子に誘われて驚いたけど、今日は金曜日の夜なのに特に予定もなかったからあっさり「いいよ」と答えた。

その流れで、いま、二人で飲んでいる。軽くご飯を食べたあとにバーにも誘われた。

中嶋君のたわいもない話はわりと楽しくて、気持ちはゆったりしてた。年下ってこんな感じなんだなって初めて知った。気が緩む。3杯目のカクテルを揺らしながら、すっかり安心している自分を感じる。中嶋君も敬語が抜けてリラックスして話している。

いつの間にか、中嶋君と私の距離は心の距離だけじゃなくて体の距離も近づいていた。中嶋君の足が私のふとももにあたっていたし、肩も触れあっていた。とても自然な感じで。

そしたらふと思った。もしかして、中嶋君って女性に慣れてるのかな。そう思った途端にふわっと悪戯な気持ちが湧いてきて、わざとこんな言葉を言ってみたくなった。

「ねぇ、酔ったみたい」

彼を見つめながら、そう呟いた。

彼は何て返事をするんだろう。

彼が私を見つめ返す。でも彼は何も答えない。やわらかな音楽だけが二人の間を流れている。あれ、見つめあっているうちにだんだん彼が魅力的に見えてきた。酔ってるからかな。

どれくらい見つめあっていたんだろう。時間の感覚もぼやけている。ようやく彼がゆっくりと唇を動かした。スローモーションのようなその唇の動きが色っぽい。やっぱり私、酔ってる。

「今日はどうして誘いにのってくれたの?」

あ、声まで魅力的に聞こえてきた。耳に響く低い声がなんだかあまい。

どうして誘いにのったのかをちょっと考えた。理由か。金曜日なのに予定がなかったからで。ううん、それだけじゃない。そうだ、確かな理由があった。

「私、眼鏡男子が好きなんだよね」

そう、私は眼鏡の男性に惹かれるんだ。素直にそう答えたら、中嶋君はふっと笑ってこんなことを言った。

「眼鏡を取った僕も見てほしいな」

酔ってぼんやりする頭でその言葉を反芻する。どういう意味だろう。あーそういう意味だね。

やっぱり彼は女性に慣れてるね。

「いいよ」


こんな感じの始まりも、ありかもしれない。



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