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#45 窓に映る姿

奥さんの入院で中山さんが会社を休み、中山さんに会えない昨日は不安でしかたなかったけど、欠勤はたった一日で済んだし翌日の今日はまたいつも通り中山さんが出社してきてホッとした。

朝はせっかく二人で乗ったエレベータに白木課長が乗り込んできて、中山さんに奥さんの様子を尋ね始めた。奥さんの話なんて朝から聞きたくなくて嫌だったけど、でも私が直接中山さんから聞くよりも課長と中山さんの会話を横で聞くほうが気持ちは楽だったかもしれない。

二人の会話から分かったことは、もともと体調を悪くしていた奥さんが突然倒れて入院したこと。検査の結果大きな問題は見つからず、風邪もしくは過労と診断されたこと。そして今日はまだ仕事を休んで自宅で休養していること。

「そうか、それなら休めば大丈夫そうだな。お大事に」と安心したように言う課長の横顔を見ながら、私は風邪や過労という言葉にひっかかっていた。奥さんが会社にかけてきた電話は週末の中山さんの出張を確認するためのものだったはずだ。彼女のあの震えるような声は不安に溢れていた。

休めば大丈夫なものなのか、ううん、きっとそうじゃない。だけどもう想像ばかりで考えすぎる自分に疲れ切っていたから不穏な何かは考えないことにした。

今日は中山さんがいつも通りデスクにいる安心と幸せを強く感じる一日だった。今は終業時間が過ぎて少し経った頃で、でも中山さんが帰る気配はまだない。今日、中山さんはいつも以上にスピードを上げて仕事をしていた。それでも昨日一日のロスは取り戻せなかったようで、もう少し残業するらしい。

「中山さん、残業ですよね。私がお手伝いできることはありますか?」

そう尋ねると、中山さんは鉛筆を動かしていた手を止め私のほうを向いた。少しだけ疲れた感じの表情に見えたけど、すぐに穏やかな顔に変わった。

「いや、この後は一人でやることばかりだから大丈夫。ありがとう」

中山さんは私の申し出をあっさりと断り、また作業を始めた。少し寂しいな。一緒に残業したかったんだけどな。邪魔しないからそばにいていいですかって聞きたくなったけど、そんなことを職場で言うわけにもいかない。それに今日は集中して仕上げて少しでも早く帰らないといけないんだろう。まだ体調が完全じゃない奥さんのもとに。

「分かりました。ではお先に失礼します。お疲れ様です」

私は寂しい気持ちを隠して中山さんと同じくらいあっさりとそう答え、課長や他の人に挨拶をしてオフィスを出た。

時刻は夜の7時。電車はそれなりに混んでいて窓にはたくさんの人が映っている。中山さんのことをぼんやりと思い浮かべながら窓を見ていると、窓に映る一人の男性の顔が少し動くのに気づいた。その男性は私に向かって会釈しているように見える。誰だろう。ぼんやりしていた頭をはっきりさせてその顔をよく見ると、関連会社の営業マンの高梨さんだと気づいた。

そのときちょうど電車が駅に着きドアが開いたから、窓に映っていた彼の姿はドアの中に吸い込まれた。窓際に立っていた私は少し体を端に寄せて降りる乗客に道を譲る。そうして人が何人か降りた後、私は高梨さんのほうに振り向いて軽くお辞儀をした。すると高梨さんが私に向かって近づいてきた。

「結城さん、いつもこのくらいの時間にお帰りですか?」


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どの回も短めです。よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を最初から追ってみてください。さやかの切ない思いがたくさんあふれています。

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