全速力のクリスマス

「ほら、行くよ!」

力強く手を繋がれて引っ張られた。あなたが突然走り出したから、私も走るしかなくて足を速める。海沿いの道を勢いよく二人で。マフラーが思いっきりジャンプする。

「ちょ、速い!! 無理無理ー!」

こんな全力疾走をすることなんてもう何年も、いや何十年もないんだから突然のことに足が驚いて、もつれそう。でも私の叫び声を無視して走り続けるあなたに必死でくらいついて、私もいつの間にか精一杯走っている。

息が弾む。運動不足すぎる重い体を忘れてただ走る。モヤモヤグダグダと考えていたいろんな悩み事が全部風とともに後ろへ後ろへと飛ばされていく。

走っていたのはほんの10分くらいだったかもしれない。やっとあなたが足を止めたのは大きなビルの入り口前にある大階段の下だった。

思わぬ体への負荷に呼吸はハーハーゼーゼーと激しい。両膝に両手をつけて体を支え、肩を大きく揺らして下を向いていた。この程度で情けないけど苦しくて顔を歪めてしまう。

あれ、でもなんだろ、呼吸が整うにつれて心が軽くなってくる。じわじわと力も湧いてきた。こんなに走るなんて馬鹿馬鹿しくて、だけどすごく爽快で、ほんとにいつぶりなのか分からない。走っている途中から頭の中は空っぽで、ただ新鮮な空気が脳を循環していた。走るってこんなに気持ち良かったんだ。だんだんと体が緩んできて、やっと顔を上げて前を向いた。

「スッキリした?」

あなたがいたずらな笑顔でそう言った。その余裕な顔がちょっと悔しい。

「うん、スッキリした。すごく」

素直にそう思う。

「たまにはいいだろ? 全力疾走」

「うん、よかったよ。でもほんとたまに、でお願いします。明日足が心配だよ」

もうこの歳の私には全力疾走はつらすぎるでしょ。体のいろんなところが驚きすぎて危険だよ。

「よし、じゃあこの階段、全力で上がるぞ!」

えー! なに、この人。もうありえない。無理でしょ。大階段だよ? そう思ったけどあなたはもう走り出した。いや、これは行くしかないの? だってこのまま放っておいたらあなたはきっと一気に駆け上がった大階段の一番上から私に向かって叫びそうだから。もうその年齢なのにいつまでも少年のようなあなたならやりかねない。だって今日はクリスマス。

遠く高いところに見えているキラキラしたクリスマスツリーの横に立って大声で「メリークリスマス」なんて叫ばれたら私は恥ずかしくてたまらない。

私も慌てて走り出す。勘弁してよね。付き合いきれない。

でもこんなふうに振り回されるのも悪くなくて、むしろちょっと楽しんでる私ってあなたにお似合いなのかな?

メリークリスマス。

その言葉を大階段の頂上で囁き合うことを想像しながら必死に階段を駆け上がった。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨