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僕らしくなくても。

「一生懸命生きてね」

たしか最後に君はそう言った。一生懸命生きることから僕が逃げてきたことを君は知ってたんだなって、そのとき思った。

君とはあれから会っていない。

君がいつも一生懸命生きていたのを僕はずっと見てたのに、いつまで経っても一生懸命にならない僕に愛想をつかして去っていったんだろうなって思ってる。それはそれで仕方がないし、僕は何度もこうして恋人と別れてきた。別れたらまた恋人ができて、そしてまた別れるなんて繰り返し。

人生にも、恋人にも一生懸命になったことのない僕だから、君がいなくなってもそんなに悲しむこともないと思ってた。ほら、やっぱり涙なんて出ない。

それなのにどうしてだろう。

心が苦しい。涙が出ないから悲しくないんだろうと思いたいけど、どうもそうじゃない場合もあるらしい。涙は出ないけど、心の全部が苦しくて痛いんだ。

君はいつも笑ってた。一生懸命僕を愛してくれて精一杯大切にしてくれた。僕もそれに応えようとはしてたけど、足りなかったんだろうな。僕はいつもどこかで君に飛び込むことを避けていたから。

僕は一生懸命君を愛して、そして君がいなくなるのが怖かった。だっていつも恋人たちはいつの間にか僕から離れていったから。僕も追わなかったし、いつものことだったから気にもしなかった。また誰かと一緒に過ごせばいいと思っていた。

だけど君を信じればよかった。

君を一生懸命愛せばよかった。

だって今、こんなに寂しいんだから。

ふとした瞬間に君を思い出す。日常のいろんな瞬間に君が浮かぶ。こんなにも僕の人生に君が入り込んでしまってたなんて思ってもみなかった。

一生懸命生きてみようかな。今回ばかりはそう思う。

いつかまた君に会いたい。

そして君に見せたいんだ。一生懸命生きてる僕を。そこからもう一度、君が許してくれるなら、君を一生懸命愛したい。そんな叶いそうもない淡い希望を心に描きながら一生懸命生きてみるよ。

僕らしくないな。

似合わない。

僕らしくないんだけどね。


#短編小説 #掌編小説 #一生懸命 #愛



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