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恋にjumping

「恋は苦しいことでカッコ悪いことなのか?」、ドラマでそんなセリフがあってちょっと考えてみました。恋は苦しくてカッコ悪いのかな。

好きな人とうまくいかないと苦しいよね。追っかけてしまうのもカッコ悪いんだろうね。でも私は長い期間追っかけたことがあります。

相手に彼女ができても好きを消せなくて、何度も気づかれないように泣いていました。距離を置かれないように平気なふりして、彼女のことを聞いても傷ついてないふりして、そんな時間がありました。

どうしてこの人は中途半端に優しくて私を完全に切ってくれないんだろう、徹底的に拒否してくれたらどんなにつらくても断ち切るしかなくてやめられるのに、それをしないなんてずるい人だなって思いながらも好きでした。

あのころから20年くらい経ちますが、彼とはいまも友達で、普通にやりとりできます。元カレの立ち位置でわりと早めに離婚も報告した関係性です。彼は普通に家庭持ちなので私たちの関係はもちろん今後も友達のままです。

カッコ悪かった私については、気持ちがやっと落ち着いてから彼に伝えたことがあります。好きで苦しかった、あなたの写真を枕の下に置いて夢でもいいから会いたいと思っていたと伝えました。

「謝るしかできん」と困惑させました。笑

でもそんなころの私ってさ、カッコ悪いけどカッコ悪くないやん。好きで好きで頑張ってた自分はカッコ悪くないよ、なんて思った話でした。

トップ画像はサラさんのイラストで、とっても雰囲気が素敵です。私、もう自由なので遠慮せずイラストみたいな時間を持てるはずです。このイラストを思い出しながら、いつか大好きな誰かとキスとかね、いいね。


と終わるはずが、もうちょっと続きます。

男女は何を求めて相手探しをするんでしょうね。寂しさを癒すためだとしたら、偶然出会った相手がそれなりに寂しい時間を埋めてくれる相手ならそれでオッケーなんでしょうか。「寂しさを埋めてくれる人なら誰でもいいんか?」みたいなことをある人に言われたんだけど「あなたはどうなんですか?」と思います。

あなたは私じゃなくちゃダメなの? 私がお断りしたら誰か他の人を探すんだよね? それって他の人でも構わないってことでしょ。どう違うの? よくわかりません。あ、別に怒ってるとか反発してるとかではなくて、純粋によくわからないだけです。

偶然出会った誰かに少し気持ちが動いてどこかのタイミングでお付き合いを始めて、気持ちを深めていって、手に触れる、キスをする、そういうことを通して愛情は深まっていくものだと思います。もちろんそうなるのは誰でもいいわけではない。だけどその人じゃなくても同じ段階を踏んで愛を育むことはできるんです。

一生その人だけ。その人にお断りされたらもう一生誰とも付き合わない。そういう絶対にこの人じゃないとダメという人はどれだけいるんでしょうか。

でもそれもその誰かと気持ちなり体なりの深い関係で愛を育んだからこその領域で、そこまでいかない段階でそうはならないですよね。

男性も女性も世の中にはものすごい数がいるんだなと最近よく思います。恋のある程度の段階までであれば、この人がダメならあの人、みたいなことも容易い時代です。これに対してなんとなく違和感を感じますが、何がどう違和感なのかしっかり言葉にできません。

誰を信じて、誰に飛び込んでいいのか、その判断が私にはまったくできなくて、友達に相談すればするほどよくわからなくなるというなんとも混乱した感じです。

この人になら心を預けてもいいなんて思える人が現れるのが一番なんだけど、そんな簡単には無理でしょ。愛の育み方のペースもぴったりとかね、そんな理想的すぎる人が見つかるなんて夢物語だとしっかり線引きしておかないと、私は永遠に彷徨うことになるでしょうね。

ちょっと好きになると、えーい、付き合っちゃえ、と気軽に恋を始めていた若い頃の自分ってすごいな。

今日のnoteはなんか自分でも笑えるタイトルをつけました。微妙な英語を使って昭和っぽいね。

今日もみんな元気でね。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨