#19 背中を押す手
月曜日は会社で中山さんに会える。中山さんに会えなくて寂しい土曜と日曜が終わったら必ず月曜日が来て、会社で中山さんに会えるし話せる。だから毎週、月曜日を楽しみに思うようになった。
「おはようございます」
だいたい８時４０分くらいに出社する中山さんの朝一番の「おはようございます」が聞きたくて、中山さんが出社するより先に会社に来るようになったのはいつからだろうか。もう思い出せない。ずっと彼に片思いしていた２年の間のいつからか、少し早起きするようになったんだ。
奥さんのいる中山さんが私の気持ちを受け入れてくれて、私たちの付き合いが始まった。それから３ヶ月くらい経つ。世間でいう不倫だけど私は純粋に中山さんが好きなだけだ。
いつもは平日の夜にしか会えない。
でも次の土曜日は私の誕生日で、中山さんが一緒に過ごしてくれる約束をしてくれた。週末に会えないことは分かっているから次の土曜日が誕生日だってどうしても言えなくて、でもその日は会ってほしくてどうしていいか分からなかった。
だけど中山さんは私の誕生日をちゃんと知ってくれてたんだ。
中山さんの気持ちがいつも分からなくて、不安で私ばっかりが好きでどうしようもなくて、こんなにつらいならもう終わりにしたほうがいいのかと心が引き裂かれる思いだったけど、中山さんが土曜日に私のために時間を取ろうとしてくれてた。
そのことがとてもうれしかった。既婚者との恋はどこにも向かえなくて我慢ばかりでつらいけど、それでもうれしかった。どんなにたくさんの寂しさを抱えてでも中山さんのそばにいたいとまた思ってしまった私はやっぱり中山さんを諦めることができないよ。
中山さんが私の斜め前のデスクに座る。ちょっと目があったら軽く会釈してくれたから私も会釈した。
「結城さん、これ、コピーお願いします」
コピーでもなんでも月曜日はわりと忙しい。でも彼が私の名前を呼ぶ回数が１番多い月曜日はどの曜日よりも気持ちが高まる。ほかの人に気づかれないようにと気を使って以前よりもわざと少し距離を置くようにしてるけど、それでもすぐ近くで中山さんの気配を感じられるオフィスは幸せ。
それに今週は土曜日にも中山さんと会える。土曜日にも会えるんだ。
週末はあんなに泣いたのに今朝起きたら誕生日に会えるのをすごく楽しみにしている自分を感じた。バカみたいにうれしくて、中山さんが視界に入るたびにそのことばかりを考えてしまう。
夜に会うのかな？ もしかしたら昼にも会えるのかな？ 人に見られないようにどこで会えばいいんだろう。あ、でもまず今週の平日はいつデートできるんだろう。明日かな？ そのときに土曜日の相談をしたいな。
いろんなことを考えて気持ちはふわふわしていた。
付き合ってからは幸せな気持ちよりもつらい気持ちが増えてしまってたけど、すごく久しぶりにうれしい気持ちが体から溢れる気がした。単純な自分がちょっと恥ずかしいな。
給湯室では自然と鼻歌なんて歌っちゃって、思わず周りをキョロキョロしてしまった。職場なのにウキウキしすぎな自分をちょっと反省する。気持ちを少し落ち着けて、コーヒーをカップに丁寧に注いだ。
就業時間が近づいたときに白木課長に電話がかかってきた。いつもどことなくのんびりしている課長が緊張した声で話しはじめる。何かトラブルがあったようだ。しばらくして課長は中山さんを自分のデスクに手招きした。
中山さんが課長のところに行き、課長の電話が終わるのを待っている。受話器を置いた課長が中山さんにこう言った。
「中山、岐阜の山脇さんのお宅だけど、ちょっとトラブってるみたいなんだ。お前が設計担当だったよな？ 現地に行って直接話してきてくれないか？」
こういうトラブルはたまにあって、設計担当者が呼ばれることがある。施主さんからの依頼もあれば施工業者からのヘルプの場合もある。
中山さんはためらうことなく「分かりました」と答えた。
「あっちの都合で土曜日って言ってるんだけど、休みの日に悪いけど頼むな。そんなに長引かないと思うからその日中には家に帰れると思う」
土曜日・・・。
うれしい気持ちが一瞬で吹き飛んだ。
お花畑で浮かれている自分の背中を誰かに後ろから押され、気づいてなかった崖につき落とされたような気がした。その誰かは中山さんの奥さんじゃないだろうか。
1760文字
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中山さんはシリーズ化しています。マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。
続きはこちらです。
第１作目はこちらです。ここからずっと２話、３話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。
『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。
お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨