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Blue Rose

「きれいなブルーですよね」

僕がバラ園でしゃがみこんでバラの写真を撮って立ち上がったときに、一人の女性が話しかけてきた。ひとりごとのようにも聞こえたけど、たぶん僕に話しかけてきたんじゃないかな。周りにほかの人はいない。少し躊躇ったものの、控えめに返事をした。

「そうですね、きれいです」

女性はブルーのバラをまっすぐ見つめながら話したらしく、僕が横を見たときの彼女は横顔だった。鼻筋が通っていて、顎のラインもスッとしている。整った顔をしてそうだ。

あまりじろじろ見るのも失礼だし、僕はすぐに彼女から目を逸らした。きっとこのやりとりだけで軽くお辞儀をして離れる感じだろうと思っていたら、彼女は続けて話しだした。

「ブルーはめずらしいですよね。目を引く鮮やかさで、赤やピンクのバラとは空気が違う気がする」

そう言い終えた彼女がこっちを向いて、にこっと微笑んだ。

想像以上にきれいな人で、僕はドキッとした。30代後半くらいだろうか。自分より年上だというのは分かる。僕はまだ30の手前だから。

「そうですね。めずらしいと思います」

あたりさわりない返事しかできなかったけど、彼女はさっきより目を細めてまた微笑んでくれた。

「カメラ、お仕事ですか?」
「あ、いえ、趣味です」
「今撮ったのはいい感じに撮れました?」

彼女がどんどん話しかけてきたので、僕たちはそのまま話し続けた。

今日は天気が良くて、空は澄み渡っている。秋の風は少し冷たいけど、寒いというほどでもなくて心地いい。バラ園で出会った見知らぬ女性とこんなに話すなんて、僕にしたらめずらしいことだ。

彼女は美人だけど話し方がやわらかくて、なんとなく安心する。少し気を許し、こう答えた。

「見ますか? そんなに上手ではないけど」

ブルーのバラを表示させて、彼女のほうに差し出した。彼女はうれしそうに覗き込んでくれた。その瞬間、彼女の髪からあまい香りがして、またドキッとした。

何枚か見せたら「すごい上手ですね」と褒めてくれて、そのあと自分のスマホの画面も開いて僕に見せてくれた。

「私はこんな感じです。さっきあっちのほうでピンクのバラもたくさん撮ったんですよ」

彼女の写真は思ったより良く撮れていて、先に見せた自分の写真がちょっと恥ずかしくなった。

「すごくきれいに撮れてますね」

そう素直に伝えたら、彼女は照れくさそうに笑いながら「いえいえ」って答えた。ちょっとだけ二人で笑い合って、それからどちらともなく自然に、「じゃあまた」というふうにお辞儀をして別れた。

僕は移動するときに胸ポケットからメガネを出してかけた。カメラを構えるときはメガネが邪魔でいつも外すんだ。

去っていく彼女がちょっと気になって、ふと振り向いてみた。後ろ姿の彼女がバラたちの中に消えていく。また会えるといいなという気持ちが浮かぶ。

その瞬間、彼女もこちらを振り向いたから、びっくりした。見ていたことに気づかれるのは恥ずかしいけど、目が合ってしまったからにはどうにもできない。

彼女は遠くから手ぶりで何かを僕に言ってきた。目のあたりをくいくいと指差して、笑っている。

意味が分からなくて僕もその動作を真似してみたらメガネに指が当たった。あー、「メガネだね」って言ってるのかな? 分からないけど、彼女が笑ってるから僕も笑っておいた。遠いから、さっきより大きめの笑顔で。


ほんの少しの時間だったけど、なんだか優しくて楽しい時間だったな。帰りの電車でも彼女のふんわりした笑顔を思い出した。素敵な女性だった。

家に帰って、たくさん撮った写真を順番に見ていった。僕はnoteというサイトに自分の写真をよく載せていて、今日もバラの写真を載せるつもりだ。

どれにしようかと迷ったけど、今日の彼女とのやりとりが印象に残っていたからブルーのバラを何枚か選んだ。

写真には短い言葉を添えた。

ブルーのバラが僕たちに優しい時間をくれました。

そして投稿ボタンをゆっくり押した。


タイムラインをスクロールして仲良しさんたちの日常を読む。そうしているうちに、さっき投稿したバラの写真にスキが届いたというお知らせが光った。

それはいつも仲良くしてもらっている女性だった。

続けてコメントも届いたようだ。

私もよく似た投稿をしましたよ!

彼女もバラの写真を載せているのかな? のんびりとソファに寝転んでいたけど体を起こしてスマホの画面にちゃんと向き合った。

彼女のページに飛ぶ。すると彼女もブルーのバラの写真を投稿していた。

そこにはこんな言葉が添えられていた。

ブルーのバラとメガネ男子との優しい時間。

え? びっくりして読み返した。

もしかして、彼女は彼女なの? そんな偶然ってある?

彼女の投稿にスキを送る。コメント欄をクリックして、カーソルを点滅させる。

これはどうコメントすればいいんだろう。

ドキドキしてきたよ。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨