名前は。
「サチって呼んでいいか?」
「え、うん」
「サチ」
「・・・うん」
「サチ」
「うん」
「サチ」
「もおー、何回呼ぶんよ?」
秋山が私の名前を何度も繰り返す。突然名前を呼び捨てにされて照れる私をよそに、うれしそうに何度も。
「サチ」
また名前を呼びながら、秋山が私にキスをした。優しくてあたたかいキスは私のすべてを包み込む。心がふわふわする。
「いつから?」
「ん? 何が?」
「いつから好きなん? 私のこと」
秋山の目を覗き込んで聞いてみた。私が知っているあの頃の秋山のままなら、気軽な気持ちで誰かに好きって言わないと思う。こういう関係にもならないと思う。じゃあ、いつから私のこと?
「気づかないようにしてた」
「え?」
「川瀬のこと、好きだって気づかないふりしてたんだ。お前、あいつのこと好きだったからな」
「あいつって、もしかして暁人のこと?」
「そう」
驚いた。暁人と付き合っていた頃って16年も前のことだ。会社でお兄さんのような存在だった秋山が私を好きだったの? そんなそぶりに気づいたことなかった。
「でも秋山、香坂さんと結婚したじゃない。お子さんまで・・・」
私はそこで言葉を止めた。秋山は上司の香坂さんと結婚して子供までできたのに数年で離婚している。秋山の離婚には何か事情があったんだろうと思っていたけど、それってもしかして私が関係しているんだろうか。
「なぁ川瀬」
「・・・うん」
「ずっと、ずっとお前のこと大事にするから」
秋山の真剣な声。私が秋山に返せる言葉はなんだろう。私たちは黙って見つめあってキスをする。
きっと、ただそれだけでいい。
秋山の抱える何かと私の抱える何か。言いたいことと言いたくないこと。たくさんの月日。何もかもが今のこの瞬間に向かっていたんだろうから。
「秋山」
「うん?」
「私も秋山のこと、名前で呼んでいい?」
「だめ」
「えーーー何それーーー」
「うっそ、呼んでみ」
「うん」
「ん?」
「・・・」
「なに、照れてんの? 呼んでみって」
「えっと、秋山の下の名前ってなんだっけ?」
「えーありえん! ほら、思い出せ!」
秋山が私のほっぺを引っ張った。
「痛いー」
「このくらいなんだよー、俺は心が痛いぞ!」
私たちは思いっきり笑う。あの頃と同じように。
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