見出し画像

存在価値

2ヶ月前のある日、彼に切り出された言葉は別れの言葉だった。

他に好きな人ができたから別れてほしいと言われた。けれど言った本人が途中から泣き崩れて車を運転できなくなるほど動揺していたことで、私は逆に妙に冷静になった。

もう半年になるという。私以外の女性と付き合い始めたのは。たぶん、彼は私を嫌いになったわけではなかったんだろう。ただ私よりももっと好きな人ができてしまったというだけなんだ。

だから私は彼を責めなかった。けれど責めないことと、心が傷ついていないこととは別だ。心を引き裂かれるような苦しくつらい感情に体が埋め尽くされ、どうしようもなく絶望した。それでも彼を好きだという気持ちが螺旋のように心に絡まってほどけない。

他の子を抱きしめたという彼の腕と胸をじっと見つめて、言いようもない嫉妬で体が熱くなるのを感じた。

それからの私はどうにかして彼を取り戻そうと、つとめて明るく振る舞った。彼が彼女と過ごす時間が少しずつ増えていくのを感じながら、何度も何度も泣きながら、彼の前で笑った。

彼は私の前で彼女の話をした。私も彼に彼女のことを気さくに聞いた。心がえぐられるような鋭い痛みと戦いながら、笑顔で居続けることしか、自分の存在価値はなかった。

もう取り戻せないとわかってはいるけど、ほんの少しでも彼の心に私が残っているなら、その小さな私をどうか消さないで、と心の中で叫び続ける。

584文字

#短編小説 #超短編小説 #浮気 #彼女




お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨