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#32 強い気持ち

信号が青に変わった。

中山さんはアクセルを踏んで、少し先にある路肩の停留所まで車を走らせて停めた。もう一度私を優しく抱きしめてくれたあとに、スマホを持って車を降りた。きっと奥さんに電話をかけるんだろう。

中山さんと今日は夜もずっと一緒に過ごせる。2年もの間、奥さんのいる中山さんに苦しいほどの片思いを続けて、やっと中山さんが私の気持ちを受け止めてくれたけど自分が愛されている自信なんて今もまだない。

だからどうしても私は中山さんの愛が見たかった。

「今日は帰れない」と奥さんに言ってくれることが私には中山さんが私を愛してくれている証に思えて、車の外で奥さんと電話で話す中山さんの後ろ姿を見ても寂しくない。今夜は中山さんの愛に包まれるんだ。

少し長く中山さんは電話で話していたけど車に戻ってきてこう言った。

「レンタカーの返却を明日まで延長してもらったから、移動してどこかに部屋を探そう」

また優しく私の頭を撫でてくれる。帰りたくないって言うのはわがままかもしれないと思って怖くて言い出せなかったけど、言ってよかった。やっと中山さんの背中を見送らなくて済むんだよね。

ちょうどそのとき私のスマホが鳴って、表示を見ると大学時代の友達の結子だった。

「さやか、お誕生日おめでとう。さやかの新しい1年が幸せいっぱいになりますように。追伸:私はなんとかがんばっています。また話を聞いてね」

結子は夫の和也くんの浮気に悩んでいて、少し前に友達の春菜と私に泣きながら苦しい気持ちを打ち明けてくれた。眠れない日々を送る結子の悲しさと悔しさが痛いほど伝わってきて、あの日のことは心に刺さったまま残っている。

私は結子とは逆の立場だ。中山さんの奥さんを苦しめる立場。結子が憎しみを込めて「あの女」と呼ぶ側の人。中山さんとの関係をもっと進めようとしているこんなときに結子からのメッセージを受けて、心が揺れそうになる。

「大丈夫?」

スマホの画面を見つめたまま、じっと動かない私を中山さんは気にして声をかけてくれた。

「あ、うん。大丈夫です。友達からお誕生日おめでとうって」

私はそう言って中山さんに明るい顔を向けて、スマホを両手で閉じて、揺れる心をしまいこんだ。

そのあと中山さんはゆっくり頷いて、後部座席に手を伸ばして自分の鞄から小さな箱を取り出した。ピンクのリボンのついた白いかわいい箱。それを私にそっと差し出して少し照れくさそうな表情を浮かべた。

「ちょっとタイミングを逃して今になったけど、これ、誕生日プレゼント」

私の手にそっとプレゼントが乗せられた。うれしくて、まぶしすぎて、とってもドキドキした。

「ありがとうございます」

見つめられて緊張しながら開けてみると、中には木製のオルゴールが入っていた。蓋には赤いお花が描かれている。ガーベラかな。すごくかわいい。

「結城さん、よくその赤いピアスをつけてるから赤が好きなのかと思って。気に入ってくれるとうれしいな」

そう言って私の耳元を指差して優しく微笑む中山さん。ちゃんと赤いピアスにも気付いてくれてるんだね。泣きそうにうれしい。私にこんなに幸せな気持ちをくれるのは中山さんだけだ。

オルゴールのネジをゆっくり回す。そっと手を離すと音楽が流れ始めた。とても穏やかで優しい音色だ。

「すごく素敵な音ですね。ありがとうございます。大切にします」

中山さんはうれしそうに笑ってくれた。

しばらく二人でオルゴールを見つめながら音楽を聴いていると、音はだんだんゆっくりになり、途切れ途切れになって最後にはポロンと奏でて静かになった。

オルゴールから目を離して中山さんを見ると、そっとキスしてくれた。心が幸せに満たされていく。

何を失っても、誰を裏切っても、どんなにつらくても、私は中山さんの手を離さない。

その気持ちをもう一度強くした。


1553文字

#短編小説 #連載小説 #中山さん #プレゼント #メッセージ #誕生日

中山さんはシリーズ化しています。マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨