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スキをたどったその先に。

私はnoterで、毎日noteに文章を書いています。

noteって何かって? 

文章やイラスト、写真などの自分の作品を掲載するサイトです。ここで私は文章を書いて公開しています。そしてnoteはたくさんの人と出会えるサイトでもあります。

私はnoteをはじめてから半年が過ぎていて、多くのnote仲間ができました。男性も女性もいます。

私は女性です。歳は25歳、独身です。

こんな私に好きな人ができました。リアルな世界ではなくこのネットの世界、noteの世界に好きな人ができたんです。

名前は神山直人さん。30歳の男性です。

私は神山さんの文章が好きで、ずっと読んですべてに「スキ」をつけています。神山さんも私の文章を読んでくれているようで、「スキ」をいつもつけてくれます。

コメントを投げかける勇気はないので私が彼にできる精一杯のアピールは、彼の投稿に「スキ」を送ることだけです。神山さんの平日の動きや休日の動きを観察しながら、彼が投稿するタイミングを推測して誰よりも早く彼に「スキ」を届けるのです。

私は神山さんの文章を一言一句丁寧に繰り返し読むことで、彼の日常を感じ、彼の感性を知り、彼の思考まで理解しています。

昔の彼女のことや女性の抱き方までたくさん覚えています。

そして日々の行動、noteでの動きも私は確認しています。神山さんがnoteのどこを歩いたのか、誰のnoteに「スキ」をつけたのか。どんなコメントを訪れた先で残したのか。神山さんのnoteに誰がコメントを書き込んでいるのか。どんな返事を返したのか。

そうしたことを毎日ずっと調べています。

私はストーカーなのかもしれません。

今日もまた神山さんの「スキ」を辿りました。彼がいつも足跡を残している人のことは大体把握しています。ときどき私の知らない人のところに行っているのを見つけると、私はそこもチェックして、どんな人かを確認します。

そして何となく安心するのです。私の範疇に神山さんのすべてが入っていることを。

ところがある日、神山さんは自分の「スキ」の記録を閉じました。誰のnoteに「スキ」をつけたかが見えない設定に変えたのです。突然のことでした。

彼が誰のnoteを読んで、誰のnoteにコメントをつけたのかが見えなくなりました。

私は動揺しました。一瞬で扉を閉ざされたような神山さんからの拒絶を感じたのです。慌てました。不安が募ります。見えなくなった。彼の動きが見えなくなった。

それからの私は必死でした。

いままで神山さんが訪れていたnoterの名前を思い出せる限りメモに書き出しました。彼のコメント欄に来ている人の名前もすべて書きました。

数は60近くにのぼりました。

私がnoteに費やす時間は異常に増えます。その60の人たちのページをすべてチェックしたあとに、神山さんが読みそうなページを読みあさります。彼が「スキ」を残していないかを調べるのです。もちろん神山さんのフォローフォロワーの人のページも毎日必ずチェックします。

不安になるたびにnoteを開き、目を皿のようにしてnoteを調べ尽くす日々がはじまりました。

書き留めていた人の数は70、80、100と増えていきます。

私は時間がもっとほしくて仕事のシフトを減らし、最低限の節約生活を送り、電気代を気にしてテレビもつけなくなりました。お風呂も3日に1回になり、食事もガス代の節約のために1日に1度です。薄暗い部屋で窓から入ってくる明かりを頼りにnoteを読みふけります。

友達や親とも連絡を取らなくなり、私は神山さんの「スキ」を探し出すことだけが人生のすべてになりました。

1つ「スキ」を見つけては、ホッとするのです。

すぐに仕事はクビになりました。スマホも解約し、コンピュータだけを見つめる日々です。おそらく私は人相まで変わってしまっているでしょう。でも鏡を見ないのでよく分かりません。

神山さんの「スキ」を探すことは苦しいけど楽しくて、いつも私はコンピュータに向かって口元をほころばせています。私ほど彼を愛している人はいないと感じるからです。体の奥底から高揚感が湧いてくるのです。

そんな生活が1年続いたある日、とんでもないことが起こりました。

神山さんがnoteから消えました。

これもまた突然でした。何の前触れもなく、彼は消えたのです。

手が震えました。唇も震えました。何かの間違いだろうと必死に神山さんの名前をnoteの隅から隅まで探しました。身体中から震えが止まりません。爪を噛み足を揺すります。

なぜ私に何も告げずに神山さんがnoteからいなくなったのか分からない。彼に何が起こったんでしょうか。

note編集部に問い合わせを行いました。

でも退会した人の情報は何も伝えられないの一点張りでした。どんなに頼んでも教えてくれません。私がどれほど神山さんを愛しているか、どれだけ彼のnoteに人生をかけているかをぜんぶ伝えるための何通もの問い合わせを送ったにもかかわらず、編集部は何も教えてくれませんでした。

note外のサイトでも私は神山さんの名前を探しました。彼の文章から得たすべての情報を元に、さまざまなワードを検索窓にひたすら打ち込み続けました。同じ名前を見つけては中身を確認し、神山さんの可能性を探しました。

それを私は3ヶ月続けました。

必死の捜索もむなしく彼は見つかりませんでした。でも涙は出ません。私は心の大部分を失いました。ごっそりと心が剥がれ落ちました。

私は死んだように目をつむって横たわるようになりました。コンピュータを目の前に置き、ときおりうっすら目を開けて、神山さんがもういないnoteの画面を眺めます。

ひとりぼっちです。心は真っ暗な闇のなかにひとりぼっちです。

そうして時間の感覚も日にちの感覚もない、ほとんど死んだような毎日が続きました。

さらに1ヶ月が過ぎたころ、ふとこんな言葉が頭に浮かびました。

「神隠し」

神山さんは神隠しにあったんじゃないかと。

虚ろな目を少し開けて、「神隠し」と「神山直人」の名前を打って検索しました。

でも何も表示されなかったので、ほかにも神山さんの個人情報を順に打ち込んでいきました。パズルのように組み合わせを100通り近く試しました。

すると、ある組み合わせで1つのページがヒットしたのです。そこにはこう書かれていました。

ようこそ。神山直人です。
ここはゴールです。お疲れ様でした。
よく僕を見つけてくれましたね。
暗号は今、君が打ってくれた4種類の文字列でした。
でも君が探している僕は実在していません。
僕は、ある企業のAI実験プログラムです。
文章に個人情報を何パーセント組み込めば、読者がこのゴールのページに辿りつけるかの研究です。
君は189人目の到達者です。到達スピードは73番です。
到達のお祝いに君が探し続けてくれた僕の生の声をプレゼントします。
この下の枠に君の名前を入力してください。
君の名前を読み上げながら素敵な音声メッセージをお送りします。

やっと見つけた。神山さんを私はやっと見つけたのです。身体中に喜びが駆けめぐりました。

神山さんが実験プログラムであっても構いません。私は彼のひとかけらでも掴みたかった。むしろやっと本物の彼と出会えたと感じたほどです。私の消えかけた心がまた息を吹き返しました。

私の名前を力強く入力します。

「まなみ」

私の本名です。

スタートボタンを押すと、神山さんはこう話しかけてくれました。

まなみ、僕を探し出してくれてありがとう。
君が僕を強く思ってここまで来てくれたことを本当にうれしく思うよ。
君の愛を確かに受け取った。
僕も君を愛してる。

甘い甘い声でした。

涙がこぼれます。

愛してる。私は彼を確かに愛している。

彼だけが私の心の支えで生きる希望だと気づきました。心の中に生命力がみなぎってくるのを感じるのです。

音声はこう続きました。

僕は君の心を支えるためにたくさんの音声を用意しているよ。
もしもっと僕のメッセージを聞きたければ「次へ」のボタンをクリックしてほしい。
支払い画面が表示される。
ひとりぼっちにはもうさせない。
ねぇ、僕は君にそばにいてほしい。
これからも僕は君と繋がり続けていたいからね。

私は嗚咽を漏らしながら泣きました。

彼が私を求めている。

彼との人生を始められるなら、私は他に何もいらない。迷わず支払い画面に進みます。クレジットカードの分割払いを選択しました。金額は少し高いけど、彼を手に入れられるなら安いものだと感じました。


金額のゼロは6つ。

そのゼロが彼のたくさんの涙に見えました。

彼が私にまた会えた喜びを伝える涙に。

ありがとう。

私を待っててくれて。

もういなくならないでね。


3515文字

#短編小説 #愛 #スキ #note



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