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【掌編小説】言い過ぎた

 来月、国家試験がある。
 波辺(はなべ)愛はサークル活動などが忙しい中、なんとか時間を捻出して頑張っているつもりだ。睡眠時間を削ると効率が悪くなると知り、眠る時間だけは削らないよう気をつけている。
 それでも不安はぬぐえない。
 怖いのだ。過去、高校受験、大学受験と受けたし、その恐怖は受験生みな持つものだと思っている。
 だが、大学生活中に取ろうと受ける資格試験の前は、この試験に落ちたら死ぬのではないか、という恐怖に苛まれている。
 実際、きっと死ぬのだと思っているから、死ぬ気で頑張ってきた。
 しかし愛は、ほとんどの試験に受かっていない。
 きっと睡眠時間を削ってしまったからだとか、私に実力がない(=生きる資格がない)からだ、と思い続け、精神的に病んでいた。
 病院で処方された薬を飲むと、そこまで張り詰めた考えを持つことは少なくなってきたが、試験を受けて落ちるたび自分の無能さを痛感していた。
『きっとこの先も、資格を取ることも出来ず、就職することも出来ないのだ』と泣いた夜は数知れない。
 愛のあまりの憔悴っぷりに、ある教員が声をかけた。普段から生徒に人気のある、イケメンではないが愛嬌のある、明るい先生だ。
 自分がいかに無能であるかを説いていると、教員の真野(しんの)は揶揄うでもなく、怒るでもなく「波辺は無能じゃないよ」と返してきた。
「要領が良いほうではないけど、その分じっくり攻めていくタイプだよ。この手のタイプは成果が実るまで時間がかかるけれど、その分得るものは大きいんだよ。今まで試験を何度も落ちてきているけれど、その後その試験に再チャレンジをしたかい?」
 愛は頭を振った。
「試験っていうのは、実力を知るための過程でもある。結果だけを求めるものじゃない。もし落ちたら、それはまだ実力が足らなかったという結果を知るだけだ。そうして、何が足らなかったのか自分を見つめ直し、その対策を して、次受かるようにさらに勉強をする。そういうものだろう?」
 愛は驚いた。そんな考えをしたことは一度もなかったからだ。
 一度試験に落ちてしまえば、そこでその世界からは見放されるから、他の道を探さなければと焦って頑張っていた。
 でも、目の前の教員は「何度挑戦しても良い」という。
「目的は資格を取るためで、一回で受かることが目的じゃないのなら、資格を取るため何度でも挑戦するべきだ。とはいえ、在学中に取りたいというのなら、今挑戦している年2回の試験は頑張らないとな。でも、無理はするなよ」
 愛の心が、少し軽くなった気がした。
 自分がこの国家試験を受けたい理由は、特にない。それでも、この試験に受かりたい。何回落ちても、社会人になっても挑戦して、必ず取ってみたいと思ったのだ。

「愛、試験来月でしょう。今度こそ受かるの?」
 夕食時、向かい合わせに座る母が試験勉強の進捗を聴いてきた。
「……わからない。でも、落ちても、何回でも挑戦してみようと思うの。受かるまで、何度でも……」
「なに言っている? 一回で受からないとダメでしょう!」
「……え?」
「一度落ちると、今あんたが言ったように『次があるから』って気が抜けて、落ち癖がつくんだよ! 絶対一回で受からないと、っていう気概でなくちゃ!」
 そう激励された。
 私はがっかりした。
 そうか。今まで、一度で受からないといけないっていう概念は、この親から植え付けられたものだったんだ。
「ママは、要領が良いから、要領の悪い私の気持ちなんてわからないんだね。それなのに娘も同じように出来るって勘違いしているんだ。可哀想な人」
 言い過ぎたと思ったが、それで壊れてしまう縁なら、それまでなのだ。


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