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■冒険者ライフを満喫する元悪役令嬢ですが、謎の宗教を調査しています。

「来ちゃった☆」

王都を取り囲むお堀から続く関所を冒険者ギルドの身分証で難なくクリアして進むと、大通りの先に王族の住まう場所にして政の中心地でもある荘厳なお白が眼の前に見える。
アンドラス王国の王都シュタイア。1年ちょっと前までわたしが住んでいた土地である。
城下の様子は殆ど変わりがなく、大通りを行き交う人々も活気に溢れている。

追放前は出歩けたとしても侍女つき護衛つきで学園とかお貴族様専用エリアくらいしか行き来したことないんだけどね。
実家の様子も気になるが、今の身分は追放された元悪役令嬢兼気楽な冒険者。
城下に出入りする実家の使用人たちや、ヒルデガルドの顔を知る誰かと出くわさないとも限らないので、簡単に認識阻害の魔法を自分にかけている。

商業地区の一角にある中流クラスの宿をとり、王立図書館へ向かう。

「リオ・ブルーム様、こちらへどうぞ」

衛兵と館長の立会いのもと、魔法による入館許可証が左手の甲に浮かび上がる。
今回は特別棟への出入りも必要になりそうだったので、念のためギルドに推薦状を書いてもらい、一般人では入れない高度学術書や歴史的に貴重な資料が保管されている棟への立ち入り許可申請を行っていた。

「では、なにかありましたら司書にお声掛けください」
「わかりました」
衛兵と館長を見送って、わたしはさっそく一般開放棟に足を踏み入れる。

「お、あるある」
他国の本をまとめたコーナーの片隅にひっそりとガライバ法国に関する本が数冊並んでいる。
ガライバ法国の本を全部引っ張り出し、館内の読書スペースの端に陣取る。

知性ある魔物をギルド本部に送り付けたあと、故郷に急ぎ帰るマックスを見送ったわたしは一人「うつろのみこ」について調査すべく、各所の大型図書館を回っていた。

『ガライバ法国』は「うつろのみこ」の対とおもわしき救国の聖女を深掘りするうちに浮上した、500年ほど前に滅亡してしまった宗教国家の名前である。
資料によれば1000年前、最初の「救国の聖女」が発現した折に王国と戦争していた国だった。

魔物と共生し、魔物を飼い慣らして栄えていた国ではあったが、500年前に魔物の暴走により滅亡したとかなんとか。
そんな状態なので地方の図書館では断片的なことしか知ることができなかったこと、地方図書館の司書さんの助言もあり、追放された身なので少々のためらいはあったものの観念して王都に足を踏み入れたのであった。

「ふーぬ……魔物を祀る宗教、ねえ……」
ガライバ法国が魔物と共生していたのは『ヴァルシャル教』という国教によるところの影響らしい。
詳細は宗教史でも見てみないと全容はわからなそうだけど、一般開放棟ではそういった資料は残されていなさそうだ。

「すみません、ヴァルシャル教って宗教の本ありますかね?」
「ヴァルシャル教……? お調べしますのでお待ち下さい」

ややあって、司書さんがメモ書きを持って受付に戻ってくる
「特別棟の地下に1冊だけヴァルシャル教の聖書とされる本が寄贈されています」
「ありがとうございます」

メモ書きに従い、特別棟の地下でヴァルシャル教の聖書らしき本を手に取る。
始まりの教祖ヴァルドランという人物……の弟子によって書かれた聖書をぺらぺらと捲る。
内容は信仰の対象である全能の神ケイドーラや、教祖ヴァルドラン本人についての記述、神により生み出された使徒たる魔物を祀る儀式や儀式の意義。
そして、ケイドーラの御使いとして地上に降臨し、教祖ヴァルドランの盟友として共にケイドーラ信仰に身を捧げた『虚ろいの神子』の存在について。

この『虚ろいの神子』が「うつろのみこ」とどう関わりがあるかは定かではないが、言葉の響き的には近いものがある。
しかし、手がかりとしてはそういう人物が居たという聖書の記述のみ。

ヴァルシャル教は当然ながらガライバ法国の滅亡とともに終焉を迎えている。
500年前の滅亡当時の教祖、つまり法王の子女一家がアンドラス王国に逃れたということはわかったものの、その後彼女らがどうなったかまではわからない。

「あ、遺跡は残ってるのか……」
現在、ガライバ法国は滅亡から逃れた民衆が暮らした小さな町から発展させた貿易都市国家イルマとなっている。
周辺地域の地図ではアンドラス王国を囲う山脈から西に移動した場所、ガライバ法国の首都があった場所にほど近いところにあるイルマから、少し北に位置するところに、かつてはヴァルシャル教の中心地であり聖地であった大聖堂が遺跡として残っているようだ。

地図を閉じて目を閉じる。『うつろのみこ』という単語から国外の話にまで発展するとは。
流石にイルマにある遺跡まで行くのはちょっとした調べ物の範疇を超えている気もするけど。
でもなー……。ここまで調べちゃったら気になるしなー……
埃っぽく誰もいないのを良いことにうんうん唸る。
「……行ってみるかー」

というわけで、貿易都市国家イルマのギルドには、わたしともう1人のギルドの冒険者、それと依頼主であるドレーゼ男爵と遺跡発掘の資格を持つ従者の女の計4名集まっていた。
ドレーゼ男爵は貴族であるが考古学者としても著名な人物で、アンドラス王国内外を問わず遺跡発掘を行っている人物だ。
ここ1年ほどはガライバ法国の聖地とも言えるヴァルシャル教大聖堂遺跡の調査が主な研究対象らしく、彼の調査に同行できたというわけだ。
なかなか出来すぎたタイミングだけど、まあ運が良かったと思おう。

ちなみに、アンドラス王国の外に出ることになるので、念のためアンドラスのギルド本部とマックス宛にイルマの遺跡調査に同行することは伝えてある。
報連相だいじ。

それに、ドレーゼ男爵といえば……
「たしか末のお嬢様が救国の聖女として1年ほど前に王城に参上されましたよね」
「……そうだ。よく知っているな」
変な間を置いてドレーゼ男爵は険しい顔つきをする。
あれ、地雷な話題だったかな。期待をかけていた長男や長女ではなく、ミソッカスみたいな扱いしてた末子が王位継承者に見初められたのがそんなに不服だった?
うーん、お貴族様ヨクワカラナイ。わたしもお貴族様ではあるけどそれはそれ。心は貴族ではなく筋肉なので。
男爵がいい顔をしないのであればこの話題はここで打ち切り。
挨拶もそこそこに移動の馬車に乗り込み、調査の日程の軽い説明を受けて、昼前には遺跡近くの街道につく。
そこから軽い腹ごしらえをして、小道を進んで行った先にヴァルシャル教の大聖堂遺跡は鎮座していた。

大聖堂遺跡の中は不思議な空気に包まれていた。
例えるなら嵐が迫る前日の日の荒れた空気感というか。
注意深く周辺を探っていると、不意に法衣を着た半透明の老人が眼の前を横切った。
「うぉ……」
「今のはこの遺跡が見せている幻のようなものだ。こちらになにかしてくるわけではない」
「この中は暴走した魔物が発した魔力の余波で時空間に歪みが生じています。なのでガライバ法国の人間が生きていた頃の姿、近年ですと盗掘者の姿が影のようにあらわれるんですよ」
「はー……」
ドレーゼ男爵と従者の話を聞き、言葉にならない言葉が出る。
時空間なんていわゆる4次元的な話になるとは。よほど力ある魔物が暴走したと見た。

宗教施設の遺跡なんてそうそう立ち入るものでもない。物珍しさに周囲を見回していると、遺跡の通路の奥から強い風が吹いてくる。
「今日は随分と風が強いな」
「時空間計測器も乱れています。誤差の範囲ではありますので影響は少ないと思いますが……」
「気をつけたほうがよさそうだな。君たちもなにかおかしな事があればすぐに報告するように」
「はい」
「了解です」

ドレーゼ男爵の緊張した面持ちに、わたしたち冒険者組はうなずく。
従者を先導としてわたしたち冒険者が後衛を務め、今日の調査ポイントにたどり着く。

風は相変わらず強く吹いているが、何かを発掘するとかの予定はないので影響は軽微なのだとか。
わたしたちはどこかに潜んでいるかもしれない盗掘者に警戒しつつ、遺跡の調査を手伝う。

「そこの転写紙をとってくれ」
「これですか?」
淡々と調査は進んでいく。風も少し収まってきた。このまま何事もなく調査も終えられそうなような空気感すらある。

ビーーーーーーーーーー!!!

突然、従者が腰につけているポシェットからけたたましい音が響く。
「うわ」
「なにが……」
「計測器が異常を感知。大きな時空嵐の可能性大」
「全員なにかに掴まれ! 嵐が通るぞ!」
ドレーゼ男爵の怒号が響き、慌てて姿勢を低くして半壊しているがまだそこに立ったままの柱につかまった。

遺跡の奥深くから風の魔法を使ったような、風がうねる大きな音が近づいてくる。

嵐が過ぎ去るのを待つしか無い、が、それにしても風が強すぎる。荒れ狂う風と巻き上げられた小石が頬を叩き、地味に痛い。
もう少し、風を避けられる角度に位置を変えようと、慎重に足を動かし柱の影に隠れようと移動する。

みしり。と、なにかを踏み抜いた。
「へ?」
何が起きたか理解した瞬間には、わたしは崩れゆく穴に吸い込まれていった。

「ギャー!」
一直線に穴から落ちて、すぐに地面が見える。慌てて身体バリアの魔法をかけ、その直後に尻から着地する。
「あだだだだ……どれくらい落ちたんだろ」
ダメージは最小限で済んだものの、衝撃までは吸収しきれなかったのか、ぜんぜん立ち上がれない。
しばらく落ちてきた穴を見上げるが、どんなに目を凝らしても小さな光すら見えない。
穴が空いてたら風の音も聞こえてきそうなものだが、それも聞こえないということは、捕まってた柱が倒れて穴を塞いだか。

立ち上がれる程度に回復したあと、魔法の明かりを呼び出してとりあえず上階に戻る階段なりハシゴなりを探して歩き回ることにする。
落ちた場所から少し進むと、やや開けた場所にでた。

「牢屋……だよね、これ」
しかし、左右に伸びる鉄格子で阻まれた小さな牢屋はどうにも陰鬱とした雰囲気がある。
禁忌を犯した人間でも閉じ込めたりしてたのかもしれない。あるいは異教徒、背信者。いずれにしても禄でもない場所だ。

「誰だ!?」
階段を探して歩き回っていると、突然、奥から子供のような声が聞こえた。
こんな遺跡の奥深く、しかも地下牢めいた区画に子供?

慎重に声のしたほうへ歩を進めると、一番奥まった牢屋に身なりの整った銀髪の少年が座り込んでいるのが見えた。
「いやいやいやいやなんでこんなとこに子供!?」
慌てて駆け寄ると、少年が顔を上げる。青い双眸と目があった。
「君いつからそこにいるの。怪我は? ちゃんとご飯もらってる? あいやその前に助けないと」
遺跡の地下深く、しかも牢屋にいるにはあまりにも不似合いな子供に軽くパニックになりつつ、がっしとわたしと子供を隔てる鉄格子を掴む。
「うぉりゃ!」
腕力強化の魔法をかけて鉄格子を一気にこじ開ける。
ぽかんと口を開く子供だが、脱出できると見るやいなや、わたしの足元をくぐりぬける。
子供はそのまま走り去ろうとしてすぐに立ち止まり、わたしの方を見る。
「あなた、何者?」
「えー、通りすがりの冒険者」
「なんだそれ」
こんなところに閉じ込められていたにしては、随分と元気そうだ。
「君こそ、捕まっていたようだけど、なんだってこんなところに」
「誘拐されたんだよ。お祖父様の療養地に行った帰りだったかなぁ」
「おおう。それにしては落ち着いてるね」
「誘拐自体は初めてじゃないからね。こんな地下深くに閉じ込められたのは初めてだけど」
「じゃあ、いっしょにおいで。地上に上がれば人がいるし、ギルドに頼めばすぐに迎えが来てくれると思う」
「誘拐犯は?」
「それっぽい奴らはいなかったけど、いたとしてもぶっ飛ばすから安心していいよ」
「あなた、本当に冒険者なんだね」
少年がぷっと吹き出すように笑う。なんだなんだ、鉄格子ぶっ壊して助けたってのに信じてなかったのかこのお子様は。

「そういえば少年、名前は?」
地下牢の通路を進み、行き止まりには階段が見えた頃、わたしは少年に尋ねる。
これからしばらくいっしょに行動するんだし、いつまでも少年呼びは不便だと思ったからだ。
「知らない人には名乗るなって言われているんだけどなぁ」
「まぁそう言わずに。わたしはリオ」
少年はわたしが名乗ったことで名乗らざるを得なくなったと思ったのか、小さくため息をつく。
「仕方がないな。僕はディートハルト、だ。これでいいでしょ。ほらもう行こう」
その名前に思わず目を見開く。銀の髪に青い瞳、ディートハルトという名前。
わたしが呆けているそのほんのわずかな時間。
ディートハルトと名乗った少年は地下牢から地上に続く階段に足をかけ、そしてふっと消え去った。

「うぇ、あ……ま、幻……?」
一人取り残されたわたしは呆然とその場に立ち尽くし、はっとなってすぐに周囲を見回す。
階段の先も明かりをともしてみたけれど、少年の姿は見えなかった。
今のは時空間の歪みが見せた過去の幻だった? でもわたしは確かに鉄格子を壊して……あんなにしっかりと会話をしたのに?
それにディートハルトって……。偶然でもなければあれは……。

あまりといえばあまりのことに、わたしの注意力は散漫になっていた。
だから、だろうか。背後に迫る人物にきづかなかった。
背中に突然、痺れを通り越した鋭い痛み。次いで全身が痙攣する。
「あ、がっ……」
身動きが取れない。意識が遠のく。背中から地面に落ちていく。
歪み霞む視界に誰かの足元が見える。ぎこちない動きで首を動かせば、ドレーゼ男爵とその従者が昏く冷たい目でわたしを見下ろす姿が映った。

「続く」

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