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猫と、犬の浮世絵展

春の浮世絵展の紹介をします。
今回は千葉と名古屋の仲間の協力を得て、江戸時代のペット、猫と犬の浮世絵を展示しています。
この展示は些細なことがきっかけで思い付きました。
すずらん颯ではインスタグラムで情報を発信していますが、更新等でインスタグラムを開くたび覗くたび猫の記事や動画が本当によく出てきます。
それがまた面白いので、少ない時間をたちまち無駄遣いしてしまうのです。
ならばそうだ、猫をやろう、と猫の浮世絵を好きで蒐集していたであろう仲間に相談したら、快く貸してくれたのです。
結果、ありがたいことに猫が17点、犬が3点、牛も1点の見事な江戸時代のペット特集と成りました。

幕末当時広重以上に人気があった、豊国と国芳の双方の猫の絵を展示しています。
それぞれ猫のニュアンスが結構違うように見えるのです。
国芳は大の猫好き、扉絵は国芳の弟子の女流絵師・芳玉の猫ですが、国芳系の絵師はその仕草を愛情を持って写実的に描写しているように思います。
対して豊国系の猫は、その表情に何か一癖たくらみを感じてしまうのです。
豊国の絵を見て私は、宮沢賢治の童話「どんぐりと山猫」の、かねた一郎君が想像して眠れなくなった「山猫のにゃあとした顔」という表現を思い出していました。

(左)国芳画「七婦久人(部分)」
1847年~1852年の間(弘化四年~嘉永五年)

(右)歌川派合作「江戸の花名勝会 杉の森(部分)」
1862年(文久二年)

展示には源氏物語を題材にした浮世絵が4点あり、源氏物語で猫が登場する唯一の場面を描いています。
全五十四帖の中の第三十四帖「若菜上」。猫が物語の展開に大きな役割を果たしている場面です。
柏木(25才)たち若い男性が蹴鞠(けまり)に興じていたところ、美少女「女三の宮(15才)」のもとで飼われていた猫が外へ飛び出したため、猫をつないでいた紐が絡まって室内と外を隔てていた御簾(みす)が引き上げられ、美しい女三の宮の姿が柏木に見られてしまいます。
女三の宮は既に光源氏(41才)と結婚しているのです。
それでも柏木は女三の宮に恋心が爆発、ついには密通に及びます。
不倫です。そして妊娠です。
以降は省略させていただきます。
さて、猫はこの絵のどこにいるでしょう?

源氏物語わかなの巻
絵師:歌川国貞
1830~1842の間(天保年間)

3点の犬の浮世絵の内2点は、日本原産の室内飼いの小型犬・狆(ちん)の絵です。

再板 伽羅先代萩御殿之図
絵師:歌川豊国(国貞)
1853年(嘉永六年)

「俺ゃ、あの狆になりたい。」
幼いお殿様は、乳母にそう泣きつきます。
父である殿様は江戸勤めの間、吉原通いに明け暮れ、江戸一番の花魁をむりやり身請けして、挙句、言う事を聞かない花魁を船上で斬り殺してしまい失脚、遠い処に隠居させられます。
花の東京でおかしくなった田舎の成金そのものです。
それで殿様の幼い嫡男が当主になるのです。
狆になりたい、は狆が娘に囲まれているからではありません。
大体、娘なんて指名したら早速飲み物をおねだり、他の指名があるからとすぐテーブルを離れ、時間が近くなる頃いかにも親しげな顔で横に付き、延長せずに出るとお名残惜しやのメールです。
アフターは断るくせに。
女将も読んでいるので止めますが、あくまでサラリーマンの頃のお付き合いの話です。
実は幼い殿はひもじかったのです。
お城の中はお家転覆を狙う悪臣が跋扈しており、誰が敵か味方か分からない状態。
乳母は幼君を一室に匿い、豪華なご馳走に手をつけさせず、手持ちの安心安全のお米だけを手持ちの茶道具で炊いて食べさせていたのです。
狆は毒味役です。
伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)竹の間の段。
狆が登場するのは歌舞伎ではなく文楽の方です。

仲間たちとのコラボで実現した今回の浮世絵展なのですが、実は準備期間はとても神経を使い、一種の不安さえ感じていたのです。
今回も展示の企画やレイアウト、そして仲間達への交渉を一緒にしてくれた向日葵の友人に感謝するとともに、これまで以上に神経を使わせてしまったなと反省しました。
いつもながら仕事や私事に翻弄された思うに任せない準備期間でした。
でも、展示準備が全て整って展示をスタートした頃には、光に照らされたような感覚と表現しようのない喜びが湧き上がってきたのです。
グッと固く掴んでいたものを手放して楽になった感覚と共に。
「開催できてよかった。」と素直に喜んでいる、準備時と全く違う自分がいたのです!

喜んで浮世絵を貸してくださった友人達にはとても感謝しています。
面白いことに、と言っては失礼なのですが、浮世絵を提供してくれた二人もまた、今回の展示にとても感謝してくれているのです。
一人の友人は「浮世絵いいですね。展示頂きありがたいです。嬉しいです!」「私の猫の絵が日の目を見ることが出来てとても嬉しい。」と。
もう一人の友人は、「有難う御座いました。」と言い「桜の咲く頃団体で観に行きます。」と。
既に暖かくなってしまいましたが。
これは浮世絵を常設展示している私が忘れてしまっていた、まさに私の初心だったのです。
眠っている浮世絵をお披露目し皆に喜んで頂きたい、江戸時代の本来の日本人を感じて頂きたいという、最初の思いと意気込みです。
そしてそれは、人が観て楽しむために作られた浮世絵の気持ちそのものだと思うのです。
とても大事なことを思い出させてくれ、改めて襟を正すような気持ちです。
共に五井野博士から学んだ友人達と共感共有できるこの気持ちは、かなり特別だと思うのです。
そして浮世絵の中の江戸人のように喜楽にいこうと。

江戸時代のペット特集「猫と、犬の浮世絵展」は春が終わるまで展示しています。
温泉入浴料でご覧いただけます。

【入浴料】
 大人650円 / 小人300円 / 3歳以下無料
【日帰り入浴営業時間】
 7:00~9:00 / 13:00~21:00
(最終受付20:00)

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