短編小説:世界で二番目に大事(前)

        あらすじ

 そのギャンブル、勝っても負けても得をする必勝法あり?
 目を覚ますとソファに固定され、拘束されていた会社社長の男、滝田。見知らぬ部屋に一人、監禁されてしまったようだ。が、流れて来た声による説明で、ギャンル色の強いオリジナルゲームに参加し、勝てば大金と共に帰れると知る。無論、ギャンブルには賭け代が必要。このゲームで賭け代として認められるのは、自身にとって非常に大事な物に限られるという。

         本文

 滝田豪蔵たきたごうぞうはソファに腰掛けたまま、眩しさに目を覚ました。瞼を開こうにも、白い光が己の顔を強烈に照らしており、きつい。手で影を作ろうとした。
 だが手が動かない。左右とも肘掛けに固定されているようだ。
 と、照明が消される。十畳ほどの広さの部屋にいると把握できた。窓はないが、天井の蛍光灯が点っているため、見る分には支障がない。しかし、動き回ることは不可能だった。腕だけでなく、腰部や両足も拘束具で自由を奪われており、ソファにつなぎ止められている。当然、ソファは重く、動かせない。
 室内に大した物はない。最前まで顔を照らしていた大型ランプと、二メートルほど前に五十インチはありそうな大きなモニターが一台あるだけ。
 後方を見ようと首を巡らせてみたが、寄る年波のせいで、可動域は広くない。骨の鳴る音を何度か聞いて、滝田はあきらめた。自分以外に誰もいないらしいのは気配で感じ取れた。
「何だこれは」
 声を出してみる。喉が張り付いた感があって、乾きも若干覚える。
 反応は――あった。
 モニターが白みを帯び、程なくして画像が出た。旧いコンピュータゲームのグラフィックといった趣で、トランプのカードとじゃんけんをする手が映っている。静止画だ。
『滝田豪蔵さん。あなたにはこれからゲームに参加してもらう』
 機械的な音声が告げた。
「誰だおまえ? 俺をどうしたい?」
 声を絞り出す。自身の着ている服から、週末の夜、バーに入ったときのままの格好だとは気付いていた。その店を出た記憶がない。そこで何かを盛られ、意識をなくしたところを連れ去られたのか。
『強制参加故、その辺の事情説明は時間の無駄だが、まあいい。対戦相手との公平を期すため、あなたにも頭をすっきりさせる時間をやろう。私が誰かなんて答えられる訳ないが、呼び名が必要だろうからマスターとでも呼べばよい。あなたをどうしたいかだが……一言では言い表しにくい。罰したい、苦しむ顔が見たい、あるいは単に賭の対象としたい。この辺りの感情が一緒くたになっているというのが一番近い』
「罰したいとはどういう意味だ。俺が何か悪いことをしたか?」
「おとぼけを。悪さを働いた経験皆無とは言わせない。今でこそ一端の有名企業社長だが、過去に色々とやってる。嘘、裏切りは当たり前。私の調べでは人一人死んでいる。奥様の貴美子きみこさんと組んで、玉城栄たまきさかえさんを葬っただろう? 当時、彼女から大金を出してもらう代わりに、肉体関係を持ったはいいが、予想以上に玉城さんが長生きをするものだから辛抱できなくなったか』
「な、何でそれを知ってる?」
『どうでもよかろう。秘密は一度漏れれば用をなさない。あなたがこうしてゲームの場に引きずり出された時点で、この話は終了』
「何が目的だ? 脅迫したいのなら拉致監禁なんぞの手間を掛けなくても、さっきのネタで充分だろ。なのにゲームだあ?」
『裏カジノに出入りしといて、ギャンブル好きではないと?』
「それは……好きだが」
『私は、あなたの戦いぶりを目の当たりにしたい。金のやり取りで終わらない、本気を出さざるを得ないゲームで』
 マスターはふふふと冷たい微笑を台詞に添えた。滝田は背筋に寒気が走った。
「命を賭けろってか? 冗談じゃない! 金なら払う!」
『命を賭けろとは言っていない。ま、賭けたければご自由に。その辺りを含め、そろそろゲームの説明に入ろう』
 一方的に告げるマスターの声が途切れ、モニターには細かな字で説明文らしきものが表示された。
『まず、最も気にされている賭ける物だが、あなたにとって一番大事なものというのが条件だ。無論、嘘はいけない。たとえば尻ポケットに入っている汚れたハンカチが一番大事なんだとか、初めて自分の金で買った高級腕時計が大事だとか、自宅は絶対に手放せないとかの戯言は認めない。ご自身の命と比べても遜色ないようなレベルでないと』
「そ、それはつまり、全財産を賭けろと」
『人の命に釣り合うのは人の命だけとも言えるし、そうでないとも言える。何を賭けるかはあとで聞く。じっくり考えといてもらおう。続いて、ゲームにおける報酬について――』
「ほ、報酬があるのか?」
「無論。参加するだけで百万円をお支払いします。勝利すれば五千万円プラスα。このプラスαは、何を賭けたかによって上下する』
「今まで理不尽な話ばかり聞かされていたせいか、ありがたく聞こえるが、どうやって信じろと?」
『それはあなた次第』
 小馬鹿にしたような返しに、滝田は大きな音を立てて舌打ちした。
『仮に今ここに百万だの五千万だのの札束を持って来れば、あなたは信用するかね? お札が本物でもあなたに渡すとは限らない。そこは証明のしようがない。勝利のみが真実を知る道だ』
「……説明を続けろ」
『ゲームは私の考えたオリジナル。名付けて“ばば抜きじゃんけん”。このゲームは、プレイヤー二人で争う。まず、グーチョキパー各々のイラストが描かれたカード十四枚をシャッフルし、両名に配る。手札七枚ずつが配られたところで、先手Aと後手Bを決める。AはBの手札から一枚を選んで引き、引いた札を見なくてよければそのまま“ボックス”に捨てる。見たい場合は手札に入れ、同じ絵柄の札とペアができれば、二枚をボックスに捨てる。ペアができなければ手札が一枚増える。次に、BがAの手札から一枚選び取り、同じことを繰り返す。そしてAB双方が手札から一枚ずつ出して、じゃんけん勝負。負ければ場に出た札二枚を受け取らねばならない。ここまでを一つのターンとし、どちらかが手札をなくすまで行う。なくした者の一勝だ。先に二勝を挙げた方を最終勝者とする。先手と後手はひと勝負事に決める。質問は?』
「あいこはどうなるんだ」
『勝敗が付くまで行う。その場合、あいこの札はボックスに入れる』
「つまるところ、あいこが続くとそれだけ札を減らせるんだな」
『他に質問は』
「急かすな。まだよく分かってないんだ」
『ルール書きを見ながらプレイしてもかまわない。何なら一度、試しに私が相手しようか』
「その試しは、本番のゲームの勝敗には関係ないんだろうな」
『もちろん』
 滝田は即座に、試しの勝負を希望した。ゲームに慣れておく意味もあるが、それ以上に、マスターが姿を見せると踏んだという理由が大きい。
 ところがマスターは姿を見せなかった。
 モニター画面が切り替わっただけだった。しかも、マスターらしき人物が映像で現れる訳ではなく、イラストによるキャラクターが登場する訳でもない。単に、対戦相手らしき人物の両手と、カードを置く台が絵で示されたのみ。この絵は、上下向き合う形で二組あり、下側が滝田を表すようだ。
 呆気に取られている内に、画面上では札が配られた。
『本番でも同じように行う』
 そんな注釈を聞きながら、滝田は自分の手札が開かれるのを見た。グーが二枚、チョキが二枚、パーが三枚となかなかバランスがよい。
「どうやって操作するんだ?」
『声に出せばその通りに動く』
「姿を見せないのは何故だ。機械に何か細工があるんじゃないだろうな」
『それもまた信用してもらう他ない。対戦相手と顔を合わせずに済む配慮なんだ。か弱い女子学生が、強面のヤクザ者を目の前にして実力を発揮できなかったら気の毒だ。可能な限り、フェアな場を提供したい』
「……やむを得ん。先攻後攻はどう決める?」
『対戦者の合意で好きなように』
「先攻が有利じゃないか?」
『そこに気付いたなら補足しよう。先に札をなくした者が一勝を挙げると言ったが、厳密には引き分けもあり得る。一ターンを単位として勝敗を判断するため、先手側が先に手札をなくしても、それに対応する後手の動作により、後手が手札をなくすことができた場合は引き分け。たとえば……両者とも残り一枚の状態で後手が手札を引くと、先手の札はなくなるが、引いた札が後手の手持ちの札とペアになれば、後手もまた札をゼロ枚にできるのでドロー』
「なるほどな」
 一応頷いたものの、内心、滝田は首を捻った。それでもやはり有利なのは先手ではないのかと思う。
「試しは俺が先手でいいだろ?」
『お好きに。さっさと済ませよう』
 滝田は応じ、マスターの手札から一枚、真ん中の札を取るように言った。すると画面の絵が反応し、マスター側の手札の真ん中の一枚が、その縦の長さ半分ほど前に出た(画面では下向きに進み出た格好だ)。
 見るか見ないかを問われ、見ることにした。グーが現れる。
(なるほどな。見る方が絶対に得と思ったが、このグーと手持ちのグーとでペアができたから、捨てねばならない。結果、手元にはグーが一枚だけになり、ジャンケン勝負という意味ではややバランスが悪くなる。尤も、相手もグーを一枚減らしたことが分かっているが)
 二枚を捨てる。ボックスのイラストに二枚のグーが吸い込まれた。
『一連の動きの内、あなたの手札以外は、対戦相手の私に見えている。引いた札を見てペアができた場合も、対戦相手には当然その札が何か分かっているのだから』
「そりゃそうだ。で、次はマスター、あんたの番だ」
 マスターは右端のグーを選び取った。思わず、「あっ」と声が出た。グーが手札からなくなってしまった。
 そんな滝田の反応をマスターは把握しているのかどうか、抜いた札を見ずにボックスに入れた。
『次はじゃんけん。タイミングを合わせなくても、両者が札を選び終わると表示される。制限時間は三十秒としよう』
 滝田は相手の言葉を聞きながら、懸命に検討していた。滝田が声を上げたのを知って、グーがないことをマスターは察しただろうか。だとしたら、マスターは負けないために、チョキを出すはず。そうなると、俺もチョキを出して引き分けに持ち込むしかない――。
 そう判断して、チョキを選ぼうとしたときには、相手はもう出す札を決めていた。まだ時間はあるが、滝田も急いで決定した。
『では、オープン』
 マスターの声とともに、伏せられていた相手の札が開かれた。それはグーだった。
「何っ!?」
 呆気に取られる間もなく、グーの札が増えた。手元にはまだ六枚の札がある。一方、マスターの手札は五枚。引いた札を見た方が一枚多く捨てられるからよいと思っていたが、実際は負けている。
 滝田は、次は見ないで捨てようと決めた。運の要素が大きいとは言え、試行錯誤は必要だ。
「俺から見て右端を引く。それを見ずに捨てる」
 発声した通り、画面上の絵が動きを見せた。
 マスターは左から三枚目を引いた。チョキである。ここで滝田はダメ元で頼んでみた。
「お試しということで、我が儘を聞いてもらえんか? その札を手札に入れて見てもらいたい」
『……特例だよ』
 引いた札を手元に入れたマスター。そこから二枚を捨てる……と思いきや、そのまま。
「ん? 質問だが、引いてきたカードでペアができた場合、必ず捨てなければならないんだよな?」
『その通り。嘘をついても、チェックされる』
「ということは……分かった」
 つまり今、マスターの手にチョキの札は一枚。大半はグーとパー。
(俺はパーを出せば、負ける確率は低い。だが、さっき俺は逆の立場で、まんまとやられた。勝ちたいのなら、何を出すべきか。相手はチョキは一枚しかないのだから、使いたくないだろう。……いや待てよ。その思い込みを利用されたとしたら、どうなる?)
 糸口を見付けたと喜んだのも束の間、迷宮に入り込む。これでは普通のじゃんけんと変わりがない。
『滝田豪蔵さん、早く』
 画面を見ると、マスターは既に札を出している。こちらが決めかねている内に出せるなんて、勝率を高める確固たる方針でもあるのか。
 時間切れで負けにされるのも癪だ。滝田はパーを選択した。理由は単純。手札の中で一番多いからだ。グーとチョキは一枚ずつしかなく、ここで使うとなくなってしまう。
 両者の提出札が開かれる。ともにパーで、あいこだ。二枚のパーがボックスに回収された。手札が減るのはありがたいが、相手との差は縮まらない。
 とにもかくにも、引き続き、次に出す手を決めねばならない。
(今、マスターの手札はチョキ一枚は確定で、あとはパー三枚かグー三枚、あるいはパー1グー2、パー2グー1のいずれか。心情的に、一枚しかないパーをさっき使い切ったとは考えにくい。――俺のチョキを使うとしたら、今しかないんじゃないか? 負ける可能性もあるが、相手がパーを使い切らない内にチョキを出さなきゃ、無意味だ。いや、しかし、それにはなるべくグーを消費させてからの方が)
『時間切れになるよ』
 マスターの声に急かされ、滝田は結局、最前と同じ手を打った。手札の中で唯一、二枚あるパーを出したのだ。
 そしてマスターの手も同じくパー。再びの引き分け。すぐさま、三度目の選択に入る。
(まずい。チョキを出しにくくなってしまった。これだけパーが場にたくさん出ると、もうパーはないんじゃないかって気になってくる。次のターンでチョキを相手に引いてもらえる確証があれば、チョキを残してもいいんだが、それは無理。ここは負けてもいいから、チョキを消費すべき……なのか?)
 考えがまとまらないまま、チョキを出した。三度続けて、時間切れになりますよとの警告を受けたくないという変なプライドもあった。
 そうして開かれたマスターの手はグー。覚悟していたとは言え、負けは痛い。気付くと、相手は二枚、自分は四枚になっていた。
 もうなりふり構っていられない。滝田は相手の札を引き、すぐに見た。チョキのペアができたので捨てる。手札はグー2、パー1。
 マスターの手札一枚はグーかパーだ。次にマスターが引いた手で揃えられると、終わってしまう。今回も見ずに捨ててくれれば、生きながらえるが。
 マスターはグーを持って行った。そしてその札を手札に入れ――ペアができていた。
『滝田豪蔵さん。この回のあなたの敗北が決まった』


――続く
世界で二番目に大事(後):https://note.com/fair_otter721/n/n15181330ac90

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