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ラジオパーソナリティの大人の恋の進め方【あらすじ・第1章】

あらすじ

桜愛は、親からお見合いをすすめられるが、結婚を諦めていた。お見合い回避のために参加した同窓会で初恋の陸に出会う。そこから始まる恋だが大人になってからの恋はスムーズにいかない。しかも陸には子供がいた。陸の子供に受け入れてもらえない桜愛は、別れを選ぶ。陸は落ち込み、子供は思い通りなのになんだか後味が悪い。学校で幼馴染と桜愛の話をする事で、桜愛を受け入れる気持ちになった。父に桜愛とよりを戻すように言うが、父は別れたままでいいと言う。父から、子供がよく聞いているラジオパーソナリティは桜愛だった事を知る。子供は桜愛に直接会いに行き、父とよりを戻してもらうように話す。そして父とよりが戻る。

「今日も桜愛さくらの30 minutes left 始まりました。明日が来るまでの残り30分のひととき、おつきあい下さい。今日の一曲めは……」

今流行りの男性グループの曲が流れ出す。テンポの良いラブソングは歌いやすい。無意識に桜愛も頭でリズムをとり、目はpcにある沢山のメールを読む。

桜愛と違いガラスの外の数人の男達は、時計と機械を見合わせながら真剣な顔をしていた。

「それでは、リスナーさんから来たメールを紹介していきます。サトリのそうさんからです。僕の悩みを聞いて下さい。僕は妖が見えます。サトリのチカラで人の心が読めます。みんなに嫌われそうで誰にも言えません。気持ち悪いですか?」

ガラスの外の男達は驚いた表情をしたが、面白かったようで、口に手をあてて笑っていた。
ただ防音のこの部屋には聞こえない。

桜愛は真剣に顎に手を当てて考えている。

「人それぞれだから、私は気持ち悪いとかは思いません。サトリの爽さん凄い能力ですね。始めて聞きました。誰も知らない世界を知っているって私はちょっと羨ましい気がします。でも、人の心が読めるのは、キツイよね……。知らない事がいい事もあるし、サトリの爽さん、キツくないですか?大丈夫ですか?そっちの方が私は心配です……。というわけで、みんなが元気になれそうな曲かけます……」

桜愛は本心を伝えた。
このメールが嘘ならそれでもいいが、これが本当ならばSOSだと思ったから……。

ラジオ番組にくるメールは、冷やかしもあれば、本当の相談メールだってくる。桜愛は、見えない相手だからこそ、本当とか冷やかしだとか決めつけたくなかった。

ガラスの外の男達は、桜愛の言葉を聞き腕を組み頷いていた。

桜愛は平日のみラジオパーソナリティの仕事をしていた。明日の土曜日は、高校の同窓会に初めて参加する事になってしまった。

いつもは仕事だったり、大人数のイベント事はめんどくさい気持ちが沸きだち不参加だった。

それは数ヶ月前にさかのぼる。
実家へ帰省中母に見合いを勧められた。

「桜愛ももう40になるんだから、いいかげん結婚しないの?子供ほしくないの?相手はいる?」

両親というのは、早く結婚したいと報告すれば、きっと早いと文句をつけ、30もすぎれば、今度は遅いと結婚相手まで見つけてきて、子供の恋愛まで口を出す。

心配からきている事だとは理解しているが、桜愛は心のどこかでもう結婚を諦めていた。

確かに若い頃は結婚したかった。美人だった桜愛は彼氏がとぎれなかったが、結婚までは考えられなかった。

そして年を重ねる事にトキメキも無くなり、段々1人が楽になっていた。

桜愛は顔を顰め母が納得する返答を考えていた。

「相手いないなら、お見合いどう?」

母は薄く微笑み、桜愛の返答を待たずに、相手の写真を見せてきた。

桜愛はギョッとしたが興味がわき、母の手にある写真を覗いた。

真面目そうなスーツを着た普通の40代の男だった。

「この人何歳?なんかおじさんじゃない?」

「は?40歳だから貴方とそう変わらないでしょ?貴方もおばさんじゃないの。真面目そうだしいいじゃない。会うだけあってみて」

桜愛は母を睨み返した。
テーブルに置いてあった同窓会のお知らせのハガキを掴み、見える様に母に突き出す。

「無理!タイプじゃない!しかもその日は、同窓会のお知らせきたから無理!」

「いつも行かないじゃない!」
「だから行くの!行った事ないから!」

母も桜愛の見合いの反応に不服で、小言を言うが桜愛は聞き入れず、呆れながら部屋を出ていった。

桜愛は見合いが嫌で、行く予定になかった同窓会に行く事になってしまった。

20年ぶりに見る同級生には興味もあるが、逆に自分も見られるという恐怖も生まれ緊張していた。

同窓会の会場は、洒落た外観のホテルで15階にある。BARは貸し切りで照明は暗く、沢山の人が集まっているのはわかった。

桜愛は卒業してから、高校の友達とは段々疎遠になっていき、連絡をとっている友達は1人だった。
その友達も数年前亡くなっていた。

恐る恐る受付をして、カウンターの隅の席に座る。

ラジオパーソナリティなんてやっているが、こんな誰が誰やらわからない所でグイグイいけるわけもなく、カクテルを飲みながら周りを観察する。

皆んな何度も参加しているのか、顔を見ればすぐに話しで盛り上がる。桜愛は参加者の顔を見てもわからないし、記憶の隅の思い出もでてこない。

ーー卒アルで勉強してくればよかった……。

桜愛はここに来た後悔と疎外感でカウンターに、肘を付き1人でカクテルを飲んでいた。

すると、ふくよかな体型のボブの女が桜愛の肩を叩く。桜愛は女を見た。

「久しぶり。珍しい。美樹だよ?桜愛変わってないね?長く連絡とってなかったけど元気にしてた?結婚は?今どうしてるの?」

体型も変わり少しシワもでてきているが、話し方は昔と変わらない。段々思い出が蘇る。桜愛は知り合いとわかるとやっと緊張が取れた。

「結婚してないよ。1人だよ。結婚しろって言われてるよ」

美樹と話していると見覚えがある人がどんどんよってくる。皆んな結婚し子供もいるようで、子供や夫、義理母の話しで盛り上がる。

桜愛は話題についていけず、結局ゆっくり皆んなの輪から離れた。

カウンターに戻り皆んなの笑い声をBGMに窓の外を見た。

15階という高さからみる夜景は綺麗で、高校時代には想像もつかなかった風景がここにある。

同じ授業を受け、同じ年齢だけ生きている同級生達はいつの間にか桜愛とは違う経験をし、何だか劣等感を感じた。

グラスに入った炭酸の泡が氷にぶつかりキラキラしているのに見入っていた。

「桜愛……久しぶり」

桜愛は、落ち着いた声がする方を見た。
中肉中背でチャコールグレーの色合いのスーツをきた紳士が横に立って微笑んでいる。
目元のシワがあるが、昔と変わらない瞳で私を見ていた。

「陸……久しぶりだね」

誰の事もすぐには思い出せなかったのに、一目みて陸を認識した。桜愛は微笑み、陸も横に座る。

「桜愛全く変わってないね。びっくりしたよ。今何やってるの?」

「ラジオのパーソナリティとかいろいろ」

「え?すごい。ラジオ聴いたら桜愛の声聴ける?」

「聴ける。30分だけだけど……」

陸は桜愛の顔を見て驚き興奮している。

「あれ?でも、桜愛は看護学校行ってなかった?」

陸の言葉に桜愛は目を大きく見開き口角が上がった。

「よく覚えてるね。そうだよ。看護師になった。看護師もしてる。正確には2つしてるの」

「そうなの?何でラジオなの?」

「そうなるよね?青天の霹靂って感じ?」

「は?」

「患者さんにパソコンの会社secの役員の人がいて、その人に電子カルテの使用感について10分講演会で話しをしてほしいって勧誘されたの。」

「見る目あるねその人。確かに昔から、桜愛はチャーミングだった」

昔とは違い恥ずかしげもなく陸は私の目を見て呟く。こちらが逆に恥ずかしくなり、聞き流す事にした。

「始めは断ろうと思ってたんだけど、このまま看護師だけの生活も物足りないかと思ってやってみたんだ。そしたら、その講演会に来てた今のラジオ会社の人が役員と仲良くて、とんとん拍子にラジオやってみない?になって今に至るって感じ」

陸は黙って聴いていたが、小さく胸もとで拍手をした。桜愛は陸の人差し指を見た。

「桜愛は凄いね。アクティブだよ。昔から自由な感じだったから少し羨ましかった」

「陸が?羨ましいとかないでしょ?成績も何しても優秀な陸に、あたしはなりたかったよ」

陸は鼻で笑って酒を一口飲んだ。桜愛も微笑みカクテルを口にした。リキュールが沈んでいたようで、先程よりも口の中が甘くなった。

先程と変わらず家族の話しで盛り上がる後の集団の声もなぜだが、今では小さく聞こえ先程よりも耳障りになる事もない。疎外感もなくなっていた。

昔のように2人の微妙な距離感を思い出し、何だか少しドキドキする。

桜愛は、久しぶりの胸の高鳴りにここに来て良かったと思い初めていた。

陸も桜愛も高校時代を思い出す。
お互いの好意を知りながらも、なかなか友達を手放せず、恋仲になれずに卒業していた。

「陸は今何しているの?」

陸は少し言いにくそうに、私を手招きし私の耳元でみんなに聞こえないように囁く。

「警察」

桜愛は、陸の息が耳に当たり顔を赤くした。
陸にバレないように、一瞬飛びそうになった意識を戻し、冷静を演じる。

「凄いね。確かになんか紳士的な雰囲気ある」

桜愛は胸の高鳴りがバレないように微笑む。
一度意識してしまうともう止まらない。

そして桜愛は、初めから気になっていた事を聞いた。

「結婚は?」
「俺バツイチだよ」

桜愛はなぜだか心が弾んだ。

「そうなの?あたしは……」
「聞こえたさっき……見合いがどうって……」

「そっか。この歳まで1人だとしょうがないんだけどね……」

その後はもうあんまり覚えてなくて、たわいもない話しなのに話せば話すほど陸との時間が楽しくて、昔のように笑って話していた。

二次会はこのまま2人で飲み直す事にし、最上階のバーに移動した。

今日は緊張していたのもあるし、きっと飲み過ぎたせいかもしれないが、陸と久しぶりに会えて、トキメキを思い出した。

桜愛は両肘をつき陸を見つめると、昔なかなか言えなかった言葉が嘘のように簡単に口から溢れる。

「陸の事昔好きだった……」

陸は、少しだけ首を傾け肘をつき桜愛を覗きこむ。

桜愛は陸と見つめ合う。
陸は昔の面影も見え隠れするが、今はもう1人の男で、昔のようにこちらが気持ちを押せば引いてくるような事はない。

陸の目は蠱惑的な眼差しで桜愛を見る。

「俺も桜愛の事好きだった……」
陸は桜愛の胸元にある長い髪の先を触る。

「今は……?」

桜愛が意地悪な質問をした。
陸は微笑み桜愛の髪を触っていた手を離し、今度は桜愛の指を触る。

「嫌いになれない……」
「ずるいな……」

桜愛は、上目遣いで陸を見て妖艶に微笑む。
桜愛の黒いワンピースから見える胸元の白い肌が一段とピンク色に染まった。

陸は鼻で笑い、撫でていた指を止めて、桜愛の指を握る。

2人ともあの頃とは違いもう大人で、これからどうなるかは理解していた。

陸がそのままこのホテルに部屋をとる。
部屋のドアが閉まると同時に桜愛を強く抱きしめた。キスはどんどん深くなり、お互いを求めあう。
昔の時間を取り戻すように……。

お酒と大人の力はあの頃足りなかったモノとなり、2人の背中を押した。

朝になり陸と桜愛はホテルで別れた。

空は青くなり、ここに来た時と違う雰囲気になった街を見た。夢の時間が終わったような気持ちになった。

ーー初恋の陸には、歳をとってもときめいた。私もいい大人、これは先が見えない関係だ。陸の事は一夜の恋として忘れよう……。陸もその気だろう。

久しぶりの胸のときめきは、諦めなければいけない恋だと理解すると、久しぶりに胸辺りが苦しくなる。

「何歳になっても苦しくなるんだ……」

桜愛は胸に手を当て苦笑し、昨日の夜を思い出しながら帰路についた。

あれからlineが陸から何度も入るが返事はしていない。返事をしてしまえば、自分の欲に溺れるのはわかっていたし、陸から離れられなくなる事はわかっている。

2週間ほどたち、ラジオでリスナーからのメールを紹介した。

「ペンネームエンペラさん。私は初恋の人と再会してしまいドキドキしてしまいました。また好きになってしまいそうです。そんな経験ありますか?」

桜愛はこれを読んで珍しく言葉に詰まった。

ーーこれは答えずらい。自分も今気持ちを払拭している状態なのに。

「そうですね〜。初恋の人ってやはり特別ですよね。私も先日初恋の人に会いました。確かにドキドキするし、もともと好きだった人は嫌いにはなれない。でも今まで離れていた時間に、作り上げられた人間関係や世界がある。大人になったら、なかなか好きだからって動けないんですよね。エンペラさんが若いなら話しは別です。大人でも初恋の人が運命の人かもしれないですし、お互い相手がいないなら好きになってもいいと思います」

桜愛は私情が入りすぎて何だかソワソワした。
両手で頬を挟みマイクを見つめる。

いつもと違う桜愛をガラスの外からスタッフが見つめていた。

仕事も終わりラジオ局から出ると、路駐している黒い高級車から陸がでてきた。

桜愛は陸を見て足を止めた。陸は桜愛の目の前まで歩いてきた。
2人は見つめあったが、陸は突然苦笑する。

「酷くない?連絡無視とか?」

桜愛は居心地が悪く目を逸らし下を向いた。

「とりあえず車で来てるから送る。車で話そう」

桜愛は促されるまま陸の車の助手席に乗る。
車は桜愛の家の方ではなく、夜景が綺麗な港公園に向かっていた。

「少し時間頂戴。それから家に送るから」

桜愛は頷く。車の中は無言で何とも居心地が悪い。

連絡を無視する方法をとった自分が悪いのも理解している為、争える事もできない。

車の中は、陸の香水の匂いが鼻につき、あの日を思い出す。車内の音楽も景色も全く頭に入らなかった。

港公園に着き、工場やマンションの光が綺麗に見える場所に車は止まった。

陸はシートベルトを外して助手席の方に身体を向けた。

「桜愛……俺桜愛の事好きなんだけど……桜愛は違う?」

陸は真剣に助手席に乗る桜愛の目を見つめる。
車の中は薄暗く、でも陸の目の中には光が写り輝いている。

桜愛は逃げられない事を悟り正直に話す覚悟をした。

「好きだけど、陸にも家族がいるでしょ?若い頃みたいに好きだからだけで動けないよ。陸が私と望んだ関係って大人の関係って事?身体?好きな人だからそういうのは嫌なの!」

桜愛は負けずと陸を睨みかえすが目は潤んでいる。

突然陸は助手席の桜愛を抱きしめたまま、陸は少し怒った口調で話す。

「大人の関係って……俺そんな奴に見られてたの?そんな気持ちじゃない。結婚前提だよ!」

「え?」

桜愛は目を見開き抱きしめている陸の顔を見る。陸も手を緩め少し身体を離して桜愛を見つめた。

「結婚前提に付き合って下さい。」

桜愛は思いが溢れでて涙を流す。陸はハンカチを出し桜愛に差し出した。桜愛は、陸らしいと思いふっと笑みが溢れた。

「……よろしくお願いします」

陸は返事を聞くなり嬉しそうに桜愛を抱きしめキスをした。
助手席のシートを倒し、陸は桜愛の上に覆いかぶさる。

いつの間にか、桜愛の声にならない声と陸の荒い息遣い、シートが擦れる音だけが夜の街の音となっていた。

桜愛は陸と想いを交わし、心満たされていたが、数回目のデートで高校生の子供がいる事を聞いた。

もしかしてとは考えてはいたものの、陸と今後結婚となればその子の母親になる訳である。
子供を産んだ事もないのに、母親になれるのか?

嬉しかった陸との付き合いも不安になってきた。
ーーやっぱり簡単にはいかないな……。

友達に軽く相談するが、皆んな答えは同じで、付き合いを辞めるように言われた。

デートの時も時折不安げな表情を見せる桜愛を陸は気がついていた。

「桜愛……一回うちの息子と会ってみない?ご飯でも一緒に食べよう」

桜愛は陸に提案されたが、また不安げな表情をした。
「大丈夫かな?嫌がらないかな?会うの早くない?」

陸は落ちつかせるよう、桜愛を抱きしめて額にキスを落とす。

「大丈夫だから……」

陸の優しさに包まれれば、少し安心するがまた1人になると不安にかられる。

翌日、ラジオが始まる前に男性スタッフから呼び止められた。

「桜愛ちゃんこの前話してたの聞こえたんだけど、子連れとか辞めて、俺と付き合って……。前から桜愛ちゃんの事好きだったんだ。大切にするから」

桜愛は皆んなに否定され、胸がつまる。

「すみません……。彼がいるので……」

「子供いるんでしょ?お母さんとかなれるの?」

男の言葉は最もで、桜愛の心を突いてくる。
居た堪れなくなり深くお辞儀をし走ってトイレに入る。1人で声を出さずに泣いた。

ーー苦しい……。

気持ちを落ちつかせて、化粧を直して何ともない顔をしながらブースに入った。

いつものように番組が始まり、少しだけいつもより声を高める。

「それでは今日の1人目のメールです。ペンネームサトリの爽さん。母は小さい頃に亡くなり父と2人暮らしをしてますが、数日前父が知らない女の人と一緒にいるのを見ました。昨日父にその人と一緒に夕食を食べようと言われました。僕はどうすればいいと思いますか?」

桜愛は段々声が小さくなっていく。読み終わる前にはもう顔色は青くなっていた。

「そうだよね……。お父さんに正直にサトリの爽さんの気持ちを言ってみよう。お父さんと相談して、夕食の事は決めたらいいと思います。お父さんにとって、サトリの爽さんは大切な人だからちゃんと考えてくれると思います……。それでは、家族の絆……って事でこの曲聴いて下さい」

桜愛は目に涙が浮かんだ。リスナーと陸の子供は違う人物だが、状況が酷似しており、現実を突きつけられた。

何度も目を擦りながら、涙をさとられないようにこの30分を過ごした。

陸は帰宅後、息子に合わせたい人がいるので、食事会について昨日伝えたが、息子の反応は無くそのまま部屋に入っていった。

妻が亡くなって、男2人で生活してきた。仕事も忙しく、なかなか息子とコミュニケーションがとれず子育てに苦戦していた。

息子は特に問題を起こす事もなく優等生ではあったが、何を考えているのかわからない。腹を割った話しなんてしてくれない事を理解していた。

ーー桜愛のこと気に入ると思うんだけどな……。

今日こそは、息子に桜愛との食事を承諾してもらおうと玄関のドアを開けた。

「ただいま……」

抑揚のない声で息子が返事をしてくれる。

「おかえり……ご飯準備するよ……」

息子は、陸の顔を見ずに準備していた食事を出際よく温めてくれた。シチューのいい匂いが部屋中に満たされ温かい家庭を思わせる。

ーーやっぱり桜愛に会いたくないのかな……。桜愛とは別れないといけないのかな……。俺は自分勝手な親なのか……?

陸は、椅子に座ったまま息子の気持ちを考えていた。

陸の目の前に美味しそうなシチューが出され、サラダやパンなどが並べられた。
並べ終わると息子は何も言わず部屋に戻っていく。

「食事会やめるか?お前の母さんは1人なのは変わらないよ。お前が嫌なら止めよう」

陸は息子の後ろ姿を見つめる。息子は、振り返り陸の悲しそうな顔を見た。

「俺には関係ない人だけど、もう約束してるんだろ?会うだけ会うよ。父さんの好きにすればいいよ!」

息子はすぐさま部屋に入る。
陸は、息子の返事を聞き肩を落とした。

食欲はなくなったが、準備してくれたシチューを口にする。先程まで湯気が出ていたシチューも今では冷たくなり、甘さや味も何も感じなかった。

陸は結局、食事会を決行する事も中止する事も決める事ができなかった。

とうとう食事会の当日になった。陸と息子は先に店のテーブルについて桜愛を待った。

店のドアが開くと薄いピンクのワンピースで、髪をハーフアップにした美人が見えた。陸が手を挙げると微笑みながら陸と息子のもとまで来た。桜愛は笑顔で微笑んだ。

「初めまして。宝生 桜愛ほうしょう さくらと言います。今日はお食事一緒にさせて下さい」

陸は桜愛を見てにっこり笑い、席に着くように促す。
無表情の息子に陸は、挨拶をするように促した。

「始めまして。二階堂 爽にかいどう そうです」

息子の爽は無表情の顔をして挨拶をした。
陸と何となく顔は似てはいる気がするがしゅっとした顔立ちの美青年で体型も細い。

注文を終えると、陸はテーブルの上で組んでいた指をほどき膝の上に置いた。ゆっくり言葉を選びながら爽に話す。

「爽……お父さんにとって爽は大切な息子だけど、桜愛さんもお父さんの大切な人なんだ。だからお前に紹介しときたかったんだ」

桜愛は突然の陸の言葉に驚いたが、爽の顔色を気にして表情を伺う。陸は真っ直ぐな瞳で、2人の顔を見比べた。

「お父さんの好きにすればいいよ。僕のお母さんは1人だけだから……」

桜愛は爽を見て困った顔で頷いた。
陸は桜愛の顔を心配して見ている。

「そうだね……爽くんのお母さんは1人だけだよね」

桜愛は、陸を見て力無く微笑み頷く。陸は悲しそうな顔をして膝の上にある手を力強く握りしめた。

空気を読んだようにウェイトレスが料理をそれぞれの目の前に置く。料理からは湯気がたち一段と料理は美味しそうに見えるのに食欲はわかない。

爽は注文したミートスパゲティを2人の表情さえ気にせずに食べ始める。

話しなんて盛り上がるはずもない。
それでも桜愛は終始笑顔で食事をした。

ーー爽くんも陸にやっぱり似ててかわいい……。爽くんごめんね。嫌な気持ちになったよね。ごめんなさい。

食事も終わりドア前で爽の幼馴染の詩織しおりの家族とすれ違う。詩織は爽に手を降りながら店に入っていった。爽は素気ない表情で詩織を見た。

陸は桜愛を送ると申し出たが、桜愛は寄る所があるからと断り店の前で別れた。

陸と爽は帰路の車内で何も話さなかった。
陸は運転しながら険しい顔をしている。

ーー爽は桜愛の事、気に入らなかったんだろうな……。桜愛は、あんな顔をしていたけど大丈夫かな……。1人で帰らせてしまった。俺は男としても父としても駄目だな……。

爽は後部座席で流れゆく景色を見ていたが、自分の顔が時々窓ガラスに写しだされるのを目にした。今の自分は苦しそうな顔をしている。

ーー自分が2人を傷つけているのに何でこんな顔をしているんだろう。自分の思い通りになっているはずなのに……。

家に帰ってもすぐに2人とも自分の部屋に入った。

桜愛は、店で陸達と別れてから、どうやって帰ってきたかあまり覚えていない。
部屋に入るとどんどん涙が溢れでてくる。
想いが溢れてしまわないように、家まで必死に我慢していた。

桜愛は、食事会前に決めていた事があった。
陸の息子が賛成できないなら付き合いも終わろうと。

結果は、駄目だった。
当人だけがよくても周りが駄目なら終わらせないといけない関係。これが大人の恋愛。始めからわかっていた……大人の恋愛は難しいと。

でも陸の事は好きで本当に一緒にいる未来を考えてしまった。大人の恋愛は、若い頃に比べて負う傷も深いと感じた。心がすり減りそうだ。

一晩中思い出しては涙が溢れた。
スマホを見れば陸からの連絡が何度もあったが、返事も既読もつけられなかった。

陸も爽も皆んなが傷を負った食事会だった。

陸と次に話す時は、もう別れの言葉しかないと桜愛は考えていた。優しい陸は別れようとは言えないはずだから……。

桜愛は、思った以上に陸の事を好きになっていた……。


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