路地にて

いつの間にか夜の中でどおんどおんと風の音を聞く。女の子が顔をしわくちゃにして、わんわん泣いていても誰もしらんぷりしてる。
わたしはたまたま傘というものを持ち合わせていたので、しゃがみこんで女の子にいつか拾ったビニール傘をあげた。それは少し上のほうが破けてるみたいで小さな穴が空いたうす汚れた傘。でもあの子にはないよりはあったほうがいいしわたしが傘を持っている意味が見つからない。わたしは炭酸飲料のロゴが胸に入ったシンプルなシャツをめくりあげジーンズの尻ポケットからアメリカンスピリッツを取り出し火をつけ、T字路を左へ。また左へ。また左へ。道がどんどん細くなっていく。これから10分ちょっと続く奇妙な帰路をとくに急ぐことなく帰る。

この路地はきっと地図にはない。たまたま見つけたわたしの道、誰にも教えない。あたりのアスファルトは死んだような暖色の明かりに照らされ艶を持ちながら変色しているし、多種多様な香りが入り混じっていてそのどれもが酒を飲まず持たずとも人々を酔いしれさせる。常に煙が消えては浮かび、消えては浮かびを繰り返している。野良猫はひしめき合う雑居ビルやら風俗店やら立ち飲み屋の裏っかわで何かむしゃむしゃかぶりついていたり、ぼうっと佇んでいたりする。この通りの人々は誰も言葉を交わしている様子はないのにやかましい、脳に直接囁きやざわめきが入り込む、喧騒。嫌いじゃない。男や女やおとこやおんながいる。そのどれもがみんな若かったり年寄りだったり子供だったりする。人の存在がつくりだす異様な高揚感と音たちに呑まれながら知らずのうちになにか古い歌をわたしは口ずさんでいてふっと、我にかえる。誰の歌だっけ、

路地は終わった。服を脱いで、シャワーを浴びて、眠ろう。
振り返ればだだっ広い庭園墓地。だろうが、振り返る必要など今はない。

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