わたしの表現

車窓からいっぱいに飛びこんでくる、田園の鮮烈な緑がどこか褪せて見える。
最近は何を見てもぼんやりしてしまう。青、赤、黄色、緑、色は判るけど目に飛び込んでくるものが、色彩が、以前と比べ激しくない。
ここはわたしの世界。たしかにわたしのいる世界。
この世界はだれのもの?
死にたいも、生きたいも、漠然としすぎていて何もかもが阿呆らしい。全ての行為が惰性で生きている延長線上にある、本来ならば、過去はまだしも、今は充分に生活は充実しているはずなのだ。色彩は、夏の風景は、風は、雨は、匂いは、鮮烈にそこにあるはずなのだ。このどうしようもない気持ちのやり場はノートに、キャンパスに、歌に、自分に。
それがわたしの表現。どうしようもない自分。
明日もこんなわたしは生きていくのだ、急激に良くなるなんて期待はない。死ぬまで表現を続けよう。

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