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バンドホテル・・・YOKOHAMA HONKY TONK BLUESと松田優作

 1970年代は、松田優作のハードボイルドの時代だ。テレビドラマの破天荒な刑事役や東映の遊戯シリーズ、そして角川映画「蘇る金狼」で昇華する。
「気をつけろよ、刺すような毒気がなけりゃ、男稼業もおしまいさ。」こんないかしたキャッチコピーは松田優作しか似合わない。

 1980年代からは鈴木清順や森田芳光などと組み、人間ドラマの新境地を開いていくが、私はクールで熱い狙撃者としての1970年代の優作の方が好みである。
だから、尖った演技に通じるものがある彼の音楽活動にも興味があったし、そんな「雰囲気一発」で決める彼の唄のファンであった。

 神奈川県の地方局であるテレビ神奈川。
地方局なので地元の企業や店舗のローカルCMが頻繁に流れるが、その中で私の中学時代によく流れていたCMは「横浜シェルガーデン」というライブレストランだった。
ライブを楽しみながら食事が取れるを売り物にしていたので、金の無い私には縁遠い所であったが、ライブスケジュールを音楽誌で確認するとかなり有名どころの名前も挙がっていた。
 山下公園の外れ。マリンタワーの近くにそのライブレストランはある。隣はバンドホテル。いや、正確に言うとバンドホテルの別館に造られたライブハウスが「横浜シェルガーデン」なのだ。

 バンドホテルはホテル・ニューグランドと並ぶ横浜の有名なホテルである(であった)。
趣深い外観を持ち、創業は1929年。戦時中は同盟国であったドイツ軍専用のホテルであり、敗戦後はアメリカに接収された。
 接収が解かれた後は、その雰囲気から数多くの映画やドラマの舞台になった。
また、淡谷のり子の「別れのブルース」、五木ひろしの「よこはま・たそがれ」、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」はバンドホテルが舞台となって制作されたという逸話を持つホテルである。そんなバンドホテルを松田優作は定宿にしていたという噂もあった。
その場所にある横浜シェルガーデンに1度だけ行ったことがある。ライブの目当ては、もちろん松田優作である。
 1984年初夏。横浜国大の学園祭でシーナ&ロケットを観た時、配付されていたフライヤーに「松田優作with X・横浜シェルガーデン」の文字。
私は、期待に胸膨らませ、横浜シェルガーデンに向かった。

 デートで山下公園を歩くと雰囲気の良い港や場所柄外国人も多く、気分も高まったものだが、松田優作を観るために横切る山下公園はただただ横に長いだけのものだった。
その山下公園の先にある横浜シェルガーデンを無心で目指す。

 古ぼけた洋館の佇まいを奥に見て、現実味の無いその雰囲気に飲まれそうになりながら会場に入るとその場所は、思っていたより狭い空間で驚いた。
テレビCMではゆったりとした空間で料理に舌鼓を打ちながらラテン系のバンドが楽しそうに演奏している映像だった気がするが、目の前の空間は新宿ロフトのような殺風景な空間。
その場所から滲み出るオーラやバンドホテルの歴史などを感慨深く感じていたら、ざわつく観客の声が歓声に変わりライブスタート。
スポットライトにぼんやりと映し出された優作はバーボン片手にふらふらと現れ、ブルースを歌い始めた。

ひとり飲む酒 悲しくて 映るグラスは 
ブルースの色
たとえばトム・ウェイツなんて聴きたい夜は YOKOHAMA HONKY TONK BLUES

隣で聴いていた黒人の米兵が気勢を上げた。

 彼は優作の不安定ながらも味のあるヴォーカルを神の声と讃え、国の母親に聴かせたいと訛りの強い英語で呟く。
そして男は「ブルース」をしゃがれ声で「ブルーズ」「ブルーズ」と繰り返す。
そうか、ブルーズなのかと思い、それから私は背伸びして「ブルース」を意識して「ブルーズ」と言うようになった。
バンドホテルはブルーズが似合う。

朽ち果て方もいかしていた。
そんな別館のライブスポットで優作を観ることができた幸運。後にも先にも彼のワンマンライブを観たのはこの時だけ。
だって、その5年後には帰らぬ人となってしまったから。

あなたの影を 探し求めて ひとり彷徨った
この街角
本牧あたりの昔の話さ
YOKOHAMA  HONKY TONK BLUES

革ジャンはおって ホロホロトロトロ バーボン片手に 
千鳥足
ニューグランドホテルの灯りがにじむ
センチメンタル・ホンキートンク・マン

ひとり飲む酒 わびしくて 映るグラスは 
過去の色
あなた恋しい たそがれの
YOKOHAMA  HONKY TONK BLUES

 松田優作が1989年に亡くなった10年後、バンドホテルも解体された。時代の波に呑まれたその場所は暫くの間取り残された空間であったが、今ではドン・キホーテが建ち、若者が闊歩している。
そんな場所に立つと「ブルーズだなぁ」と心で呟き、小さな声で「一人飲む酒〜」と口ずさんでしまう。


2017年11月24日
花形

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