映画「サマー・オブ・ソウル」(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)
「SUMMER OF SOUL (OR,WHENTHE REVOLUTION COULD NOT BE TELEVISED) 」邦題「サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)」
多様性の時代、人権、差別、LGBTQなど様々な問題が一気に溢れ、時代は確実に変わろうとしている。
オリンピックや戦争など大きな出来事には必ずこれらの事柄は取り上げられ、年を経る中で社会問題として大きくなり、現在に至っている。
特に最近はテレビよりもSNSによる秒速の発信がそのスピード感を上げ、ともするとこれらの問題を一瞬にして過去のものとしたり、もしくは問題を軽視した場合の見返りの方が高くつく世の中になってきている。
人類は平等であるし、命の重さに順番は無い。
これらに反する発言をしようものなら、今の世では直ぐに抹殺されるだろうが、ほんの数十年前までは当たり前のように命には順番があった。
いや、今でも「ブラック・ライブズ・マター」を叫ぶ黒人社会ではそれを主張するかもしれないが・・・。
この作品は1969年の夏、45万人の観客を動員した「ウッドストック・フェスティバル」と同時期に行われた「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」の全貌を明らかにしたものだ。
スティービー・ワンダーやB・B・キングといったブラック・ミュージックのスターが集結し、のべ30万人以上の観客を動員したコンサートだが、この事実は作品タイトルにもあるように封印されたフェスティバルとなっている。
革命がテレビ放映されなかったという副題がこの時代を物語っているのだ。
同じ年に開催されたウッドストックは「愛と平和の3日間」の副題が付けられ、ヒッピーを中心としたフラワーチルドレンの集まりだが、このハーレム・カルチュラル・フェスティバルはニューヨークのハーレムを中心とした黒人主体のイベントで、「テレビ・・・」の副題のとおり黙殺されたイベントである。
作中の発言を取れば、「白人にとっては、取るに足らないただの歴史の1ページ」なのだと。
1969年は時代的にも音楽的にもそれまでの常識がどんどん崩れていき、新しい勢いが噴出した時期だ。
創作活動に疲れを見せていたイギリスの4人組は「Get Back!」と叫んだが、最後は「Let It Be」と言いながら翌年にその翼を閉じた。そのイギリスではキング・クリムゾンやイエスといった新たな音楽が産声を上げ、アメリカではプレスリーが映画界からカンバックし本格的に歌手活動を復活させる準備を整えていた。そんな1969年の夏。ウッドストックからたった160キロ離れた場所、ニューヨークのハーレムでこのイベントは開催された。
発掘された古いフィルムを観ながら、出演者や同じ時代を生きたジャーナリスト、活動家、当時の観客が熱い解説を加えていく。
その時々のシーンに合わせて当時のフィルムをオーバーラップさせるなど、きめ細かい演出が飽きさせない。
5th・ディメンションがヒットさせた「アクエリアス」の誕生秘話やグラディス・ナイトのキュートなステージ。若きスティービー・ワンダーが数々のヒット曲を持っているにも関わらず、いま変わらなければ次のステップに行けない、と鼓舞しながら歌う姿は、音楽的に良く纏められている。
片やステイプル・シンガーズやマヘリア・ジャクソンの歌うゴスペルは、神への信仰と生きる力を与えて欲しいと願う血の叫びである。観客はどれほど勇気づけられただろう。
また、ニーナ・シモンは「戦う準備はできているか!?」と客席を強烈にアジる。彼女の熱いメッセージは時代をも巻き込んで、生きる証として我々の心に突き刺さって来る。
公民権運動のアジテーションで有名なニーナ・シモンはジュリアード音楽院で学んだあとカーティス音楽学校に入校を試みたが、断られた経験を持つ(差別の疑い)。カラードと蔑まれた黒人の鬱積はこのステージでも表現者として主張する。
そして、彼女の生き様はベトナム戦争に突入しているアメリカの暗部が露呈していく速度に呼応しているかのようにブラックパワーを呼び起こしていくが、なぜかこのコンサート後にイベリアに転居し、ビートルズのカバーソングを含む2枚のアルバムを発表し音楽活動から離れてしまう。だから、このコンサートでのニーナのパフォーマンスは最後の鬼気迫るアジテーションとして刻まれているのだ。
圧巻はスライ&ザ・ファミリーストーンだ。それまでの揃いのタキシードを着て、ユニゾンのダンスをしながらコーラスをするショーケースの歌手とは別格。白人2人を含む男女混成のバンド。
「いろんな人がいていい。白も黒も黄色も緑も。それぞれが嫌ってはいけない。僕らは普通の人じゃないか!」とビートに乗せて歌うスライ。共生のメッセージは正に現代を表すバンドだった!
ウッドストックのステージでも圧倒的な存在感を魅せたスライがこのステージでも観客を興奮の坩堝に陥れている。
1960年代末期のスライを止めることは誰にもできない。
1969年は変革の年として刻まれる。
言葉の表現においてもニューヨーク・タイムズでは黒人を蔑む「ニグロ」から「ブラック」へ変わったのだそうだ。
前年にマーチン・ルサー・キング、差別撤廃を訴えていたロバート・ケネディ(ケネディ大統領の弟)を暗殺という形で失い、公民権運動は激化していく。
このフェスティバルの警備もマルコムXのブラックパンサー党が買って出ているくらいだから、白人との対立構造は想像を絶する。
この作品の監督であるアミール・“クエストラブ”・トンプソンは語る。
「現代のBLM運動との比較は敢えてしなかった。それをすると当時の観客を愚弄することにもなるから。しかし、そんなことをしなくても50年経った今でも変わっていないことに気づくだろう」
スティービー・ワンダーやB・B・キングの若かりし姿やザ・ステイプル・シンガーズのゴスペルに魂を撃たれたた観客のパワーは画面からも熱気が伝わってくる。
このフェスティバルの5年後には、アフリカ・ザイールにてモハメド・アリ対ジョージ・フォアマンの世紀の一戦“キンシャサの奇跡”に先駆けて、ジェームズ・ブラウン、B・Bキングらが集った歴史的なコンサートが開催されている(映画「ソウル・パワー」)。ジェームズ・ブラウン、B・B・キング、ビル・ウィザースの熱気あふれるライブシーンに加え、その裏側にも迫った貴重な映像作品だが、この作品も中々陽の目を見ることがなかった。
「サマー・オブ・ソウル」も「ソウル・パワー」もフィルムは撮られたが、発表されなかった事実は、何を示しているのか。そして、それはまだ陽の目を見ない作品もあるということなのか。
このように黙殺された音楽を知り、これを広めていくことも一つの活動になるのではないだろうか。
音楽はピュアなものである。
音楽で戦争や差別など歴史が変わった試しは、悲しいかな無い。
しかし、SNSの現代。隠し事がどんどん暴かれていく中、もしかしたら時代は変わっていくのかもしれないとこの作品を観て思った。
最後に作中の観客の印象的な一言。
イベント開催中にアポロ11号が月に到着し、インタビュアーが観客に感想を問うと
「アポロで月に人を送る金があるなら、ハーレムを助けてくれ」
2021年9月2日
花形
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?