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「グレイテスト・ラブ・オブ・オール」とモハメド・アリ

 「グレイテスト・ラブ・オブ・オール」を初めて聴いたのは中学時代、モハメッド・アリの伝記映画「アリ/ザ・グレーテスト」(1977)を観覧した時のこと。映画の主題歌としてジョージ・ベンソンが仰々しく歌い上げており、華々しく最強の男を称えていた。作曲はこの映画の音楽を担当したマイケル・マッサー。
 シャープで激しい戦い。予告KOで仕留める。
蝶のように舞い、蜂のように刺すとはよく言ったもので、モハメド・アリの戦い方は常にドラマチックだった。そして、絶対的王者、まさにグレイテストな存在は当時の世界最強を誇示しており、その男にふさわしい伝記映画であった。
 映画はアリが18歳の時、ローマオリンピックで金メダルを獲得してから1974年のアフリカ・ザイールでジョージ・フォアマンと戦った「キンシャサの奇跡」と呼ばれる伝説の闘いまでを追っている。
この映画でアリ本人がアリ役として出演しており、本人が本人を演じ、本人の言葉で語られている。・・・アリは誰と戦っていたのか・・・。

 アリは誰よりも強かった。なぜならアリはボクサーとしてアメリカという国と戦っていたのだ。ボクシングでアメリカの人種差別と闘い、黒人の権利と環境、奴隷という立場の開放を訴え続けた男。
18歳でアメリカ代表としてオリンピックの舞台で金メダルを獲得しても、地元に帰ればカラードと蔑まされ、選挙権すらない。「人にあらず」という扱いを受けたことによる屈辱を何で返すかを模索した。
プロに転向し、発言権を得るために最強の男になっていく。自分の頑張りが黒人社会の向上になると信じて。しかし、アメリカはそんな面倒な男に対し強靭な黒人ボクサーを当て、黙らそうとする。白人に雇われた黒人ボクサーに立ち向かう黒人解放を訴える黒人ボクサー・・・。そして、アリは世界チャンピオンに輝くが、国は動かなかった。
 ベトナム戦争が激化する中、アリにも召集令状が届くが、彼の答えはNO。そのために世界ヘビー級チャンピオンを剥奪されてしまう。
 英語ネームのカシアス・クレイという名前を捨てたこともアメリカに対する不信感から起きたものと伝えられている。イスラム教徒であることを公表し、イスラム信徒名であるモハメド・アリに改名したことも世の中に対するテーゼであったのだ(その昔黒人奴隷には名前も無く、ファミリーネームは雇い主になっていた。だからクレイという名の元は自分とは一切関わりの無い白人ということ)。

 アリはビッグマウスと言われるが、それも全て自分を追い込むためにやっていた業であると・・・。
「俺は最強の男だ!あいつを5回KOにしとめてやる」と言えば、試合までに必死に練習と努力を重ね、自分を律した。天才が陰で猛練習をするのだから弱いはずが無い。
 そんな彼の生き様が歌になったものが「グレイテスト・ラブ・オブ・オール」だ。
歌詞の端々にアリの精神が注入されている。
「私はどんなことがあってもくじけない。成功しようと失敗しようと、私は私の信じる道を行く。
誰が私の全てを奪おうとも、私の尊厳だけは絶対に奪えない。」
「誰もがヒーローを求めているが、私自身の心を満たしてくれる人はどこにもいない。それは、自分自身しかいないからだ。」
「世界で一番の愛は簡単に手が届く。それは自分自身を信じ、愛すること。」

 黒人は当事「人ではない」ので、自分自身を愛することも出来なかった。黒人総鬱状態だった。鬱だから、みんな背筋も曲がり、小さな声で否定的なことしか言わない。そんな時代に声を大にして「まずは自分を信じ(白人に翻弄されずに)、自分自身を愛そう!」と叫ぶアリがいたのだ。

 「グレイテスト・ラブ・オブ・オール」は1985年にホイットニー・ヒューストンがカバーした。華やかな歌声と「そよ風の贈り物」という邦題のアルバムも大ヒットし、デビューアルバムとしては史上最多の2300万枚を売り上げる作品となった。
その歌声にアリの精神を想起させる人が果たしてどれだけいたか。バックボーンも知らず、英語も良くわからない日本人は概ね「素敵なラブソング」という認識であろう。
 アリの映画を観ていただけのことではあるが、ホイットニーの歌声を聴きながら「昔ほど黒人差別は無くなったよ」、と当時大学生の私は心の中で呟いていた。

追記。
1976年にアリは、アントニオ猪木と異種格闘技戦を行い、世界の凡戦と揶揄されたが、あの試合には副産物があった。
対戦後、猪木を称え、アリから猪木へ歌の進呈があったとか(諸説あり)。
その歌こそ「イノキ・ボンバイエ」である。
もともとは「グレイテスト・ラブ・オブ・オール」の作曲者であるマイケル・マッサーが制作した歌である「アリ・ボンバイエ」が元になっている。
映画「アリ/ザ・グレーテスト」のエンディングではジョージ・ベンソンが編曲しこの歌をバラードとして歌っている。
ちなみに「ボンバイエ」は、アリが南アフリカに遠征した際に現地民族の言葉で「やっちまえ!」。「アリ!ボンバイエ!」のコールがリングに木霊し、そこからあの歌の構想が出来たようだ。


2018/11/1
花形



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