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電化マイルス版"On Green Dolphin Street"を聴く

「マイルス・デイヴィスと緑色のイルカ」Stable Diffusion製
personnel
Miles Davis (trumpet)
Wayne Shorter (tenor Saxophone, soprano saxophone)
Chick Corea (electric piano)
Jack DeJohnette (drums)
Dave Holland (bass)

多くのファンが知っている通り、マイルス・デイヴィスは進化し続けた。彼が生前・死後発表した70枚余りの作品たちに聴き浸っていると、ふと「本当にこれ全部同じ人の作品?」という気持ちに駆られる。その驚きはマイルス者に限った話ではない。これからマイルスに入らんとする人は普く体験することになるのではないか。
しかし実際問題彼は、進化し続ける以上に「過去を踏まえた上で未来へと進む」、意外なくらい慎重な側面を併せ持っていた。
オレは双子座の生まれだ」というのは本人の言、そして件の側面はスタジオ作品などにおいてはあまり見られない。これは常々訴えたい事なのだけども、1968〜75年までの電化マイルスにおいてスタジオ作品は「宣言(マニフェスト)」なのである。確かに『In A Silent Way』に『Bitches Brew』は驚愕的な作品だが、彼の生々しい思考の跡というものは決して辿ることができない。
例えば『On The Corner』は"マイルス流ファンク"の開始を高らかに告げるものだった。しかしこの作品より前、ベーシストがモータウン出身のマイケル・ヘンダーソンにチェンジしたり、パーカッションを二人に増やしてみたりなどの試行錯誤は、『On The Corner』だけでは決して理解できないのだ。
「生の」マイルスは、ライブでこそ堪能できる。この一言に尽きる。
話は変わって《On Green Dolphin Street》、この曲を知る人はそれなりに多いだろう。決して「グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所」ではない、ジャズの名スタンダードナンバーだ。マイルスにおいては『1958 Miles』にて"モー"ことビル・エヴァンスと共に録音されたテイクが有名である。
ここで冒頭の話に戻る。「慎重な」マイルス・デイヴィスは《On Green Dolphin Street》を「大胆な」時代とされる"1969年"に演奏していた、この事実は物凄く驚愕的ではないか。
1969年といえば、『In A Silent Way』を発表し、『Bitches Brew』を吹き込んだ時期。いよいよジャズに見切りをつけ、翌年には後者の作品によって、ジャズファンからも見切りをつけられる時代である。
そんな時代にあってアコースティック時代の象徴である《On Green Dolphin Street》を吹くなど、そんなことあっていいものだろうか?
いや、いいのだ!これぞライブでこそ聴ける生きたマイルスの姿、「双子座の星の下に生まれた男」の姿なのだ!
件の音源が録音されたのは1969年2月25日(ないしは3月2日)のDuffy's Backstage。パーソネルは冒頭でも述べた通り、ウェイン・ショーター(サックス)、チック・コリア(エレクトリックピアノ)、デイヴ・ホランド(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラム)の、リーダー含めた計五人。いわゆる"Lost Quintet"と呼ばれる編成だが、この音源が録音上最も古い演奏記録とあってなお興奮が止まらない。
そんな所で繰り返しになるが、彼の特性には「慎重」と「大胆」、この二面性が同居していたという事を是非とも知るべきだ。その真理が、この1969年、Duffy's Backstageにて分かることとなるだろう。

*音源はコチラからダウンロードできます
→ https://theheatwarps.com/2020/03/30/2-25-1969/

① On Green Dolphin Street

一曲目にして本番の名物が登場である。60年代にかけて頻繁に演奏された本楽曲、記録としてはこのライブが最後の演奏だったことが分かっている。流石はアコースティック時代の遺産といったところか、いつもは聞かん坊なジャックも堅実に4ビートを刻み、またマイルスも派手なアプローチで見せることはない。
しかしそれより問題なのは音質である。オーディエンス録音としてはB−クラスとはいえ、初心者は初っ端から心挫かれるに違いない。
ところが意外に功を制しているのがホランドのベース。上質なサウンドボードであってもマトモに録れていないことの方が多い、彼の低音がきっちり聴けるのは嬉しい。
8分からはチックのソロ。ここでも意外というべきか、Lo-Fiな音質が却って味わいを持たせている。ふつうフェンダーローズのメランコリックでメロディックな音色は、劣悪なオーディエンス音源において忽ちその色合いを失ってしまう(そんなことを思ってるのは自分だけ?)。しかしこの音源では逆に味わいが深まるという結果に。う〜ん最初から期待が高まるではないか。

② So What

そうなのです、懐メロの連続攻撃は《On Green Dolphin Street》だけではないのです。
マイルスの代表作を百人に街頭で問えば、百人が「《So What》です!」答えるに違いない。街頭にマイルスのことを知っている人が百人もいるかどうかは置いておくとして、それぐらい有名な曲なのだ。
演奏は前曲から一転、激しいムードに。ジャックが4ビートを刻むことには変わりない。ロスト・クインテットにありがちなフリー展開に突入することもなく、第二期クインテット時代の「ギリギリ寸前で止まっている相当激しいジャズ」といった感じ。やはり前の曲にしても、《So What》にしても、前衛をひた走るロスト・クインテットにとっては古すぎたのだ。本音源がライブにおけるこの曲のラストテイクになったのも十分に納得できる。

③ Nefertiti

第二期クインテット時代においてはスタジオ以外で演奏されなかったことを考えると、この曲も十分に貴重な部類に入ると思われる。
しかし8分でフェードアウト。これからが盛り上がりどころだっていうのになんとも残念な結果。これは是非とも完全版発掘を望みたい。

④ Footprints 〜 No Blues - The Theme

前曲で一旦フェードアウトしてからの再突入。冒頭は、ここにきて漸く「おお!ロスト・クインテットっぽい」なフリー展開。アルバムには《Footprints》と記載されているが、テーマ部分が収められておらず、尚且つすぐさま《No Blues》に移ってしまうのでよくわからない。
何はともあれメインは《No Blues》。6分頃、好き勝手吹き回るショーターのソロはフリーキーではあるが、のちの同バンドの演奏と比べてしまうとまだまだ大人しい。因みにこの曲、後々にはホランドによる貴重なソロの場になる。そして12分以降は彼の独断舞台に。
それにしてもジャジーな展開もそれはそれで全然悪くはない。『1969 Miles』ともなると全員が全員個性を打ち出しまくって耳が痛くって仕様がないのだ。もっとも、このライブも音質的な意味で耳に悪いが、パフォーマンス的にはもっとマイルドで聴きやすい。
音が悪いのにも関わらず、なぜだか何度も聴きたくなる秘訣はここにあるのかもしれない。

⑤ Gingerbread Boy

CDにすると2枚目、初っ端からマイルスのトランペットからフェードインというロストっぷりにまたも心が挫けそうになる。しかしテンションは1枚目以上であるのでここは見逃せない。
ひび割れたチックのエレピもかなりスリリングさを齎している。ジャックの素早いビートにしっかり追いつき、負けじと対抗しているのがすごい。
ところで僕が保有しているアルバムにはここで演奏されている曲は《This》と記載されているが、どうやら世界最大のファンサイト Miles Ahead曰く《Gingerbread Boy》らしい。
どちらが正しいにせよ、先にも述べたように冒頭部分は欠けている。ここはブート屋の言う通り《This》なのか、それとも確かな情報源を当てにしてか《Gingerbread Boy》か、考えてみるのもまた一興。

⑥ Paraphernalia

マイルスのトランペットからシームレスに移行。前の曲に引き続き、中々のハイテンションで突き進む。
ところで6分後半に混じる「ダッ...」という人の声は何なのでしょうか。トレーダー界隈の話はあまり存じ上げないが、マスターの劣化でこんなことが起こりうるのだろうか。
それはともあれここでの演奏、もうほとんどロスト・クインテットと評しても差し支えないだろう。熱気はもう十分なくらいビンビンで、あとはフリー展開が足りないだけ。親分が表にいる間は格調高い帝王の脇に甘んじ、裏に引っ込んだ隙に好き勝手やりはじめる、そんな遊び心は未だこの日の演奏には見られない。とはいえいろんな可能性を感じさせる音源である。
ひとえにロスト・クインテットといっても、1969年の1年間で着実に進化し、変化していったことがよく分かる。

⑦ No Blues - The Theme

もうご推察の方はおられるかもしれないが、そうなのだ。この音源は異なる二日以上の録音が記録されている。その証拠にほら、《No Blues - The Theme》、本日2度目の登板である。いくらロスト・クインテットとはいえ、これは失いすぎだろう(by 中山康樹)。
しかし2枚目からの好調な流れ、どちらかというとオールドジャズな雰囲気を残していたファーストテイクとはこれまた違った展開が楽しめる。
13分前後、豪雨のようなジャックのドラムにチックの閃光のような「キュインキュインピカン」が絡み合う。続くホランドのソロも1回目とは比べようがないくらいハイテンション。やはりこの三人、この時点で最強すぎた。18分20分からのユニゾンは締めくくりにピッタシな華やかさ。

総評

入門度 ★☆☆☆☆
音質が悪い。オーディエンスものにした所でもう少しマシなブツはあるので、何もこれを最初に聴く必要はない。
テンション ★★★★☆
いわゆるフリーキーな展開は見られないが、通してハイテンションな部類だと思う。第二期クインテットの熱気を好む人であれば『1969 Miles』などよりもこちらの方を好むだろう。
音質 ★★☆☆☆
今回基準となった"Voodoo Down Record"から出ている盤は丁寧なリマスタリングが施され、ある程度聴けるものとなっているが、元の音質が悪いことには変わりない。全体的に水槽越しに聴いているような籠もった音質。しかしホランドのベースなどよく録れている部分もあるのでその点は高評価。
パーソネル ★★★☆☆
このバンドの演奏としては初期の録音ともあって、全体的な固有のサウンドは手に入れていないと感じる。
レア度 ★★★★☆
ロスト・クインテットの音源は今や珍しくないが、《On Green Dolphin Street》、《So What》などアコースティック時代の楽曲の貴重な電化バージョンが味わえる。

おまけ(Stable Diffusionで色々遊んだ)

持っている楽器のサイズはどうみてもバリトンサックス
そんな不機嫌そうな表情でイルカに乗る人間は未だ嘗て見たことがない
一触即発
ブーメランとしても使える

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