見出し画像

地方銀行指導部〜田舎エリートたちの選民意識〜第三話


ー 本部か否か

執務室のフロアの端に、本部には似つかわしくない営業店の金庫室のような部屋があった。
コンクリートの壁に窓はなく、非常口のような金属製のドアが一つ。
現代的なオフィスに突如現れるそれは、あきらかに異質な存在だった。

中に入ると、八畳ほどの空間があり、会議用テーブルとパイプ椅子が八つ据えられている。
古い壁掛け時計と薄汚れたホワイトボード、年代物の扇風機が二台あるだけの殺風景な会議室だった。

両端にグループ長と次長、残りの6人は3名ずつにわかれて着席する。
狭く、密閉された空間に外からは見えなかったが、不釣り合いな大きな窓がついており、街が一望できた。
はめ殺しの窓で、外気を取り入れることはできないが、圧迫感を多少は和らげる効果はありそうだ。

しかし、大の大人が八人もすし詰めで座ると途端に息苦しさを覚える。

「おい、議題は?ホワイトボードは新入りの仕事だろうが」
新入りは私しかいない。
「申し訳ありません」
立ち上がり、事前に配布されていた、三つの会議資料のタイトルをホワイトボードに記入する。

なるほど。
ホワイトボードは新人の仕事なのか。
これも即戦力になるための試練なのかねえ…などと腹の中で毒づいてみる。

トップバッターは昨年度、私と同じように"指導部"に配属された、年次が二つ上の先輩だ。
営業店で実績を上げた優秀な行員で面倒見が良く、後輩に慕われていた。
先輩は新任の融資役席向けにマネジメント研修を行うとのことだった。

会議は研修のタイトルを決めることから始まった。
激務を極める法人担当者のマネジメントは非常に重要で、担当者を叱咤激励し、日常業務やメンタル面のフォローも行わなければならない。幅広い知識と経験が必要であり、顧客はもちろん、本部の審査担当者との折衝能力と目標達成に向けた企画力も求められる。

「以上を踏まえて、この研修のタイトルを“役席者マネジメント研修~伴走型リーダー”としたいと考えています。」
先輩は早口で言い終わると、一呼吸おいて、皆さんのご意見をお聞かせください、と言い、目で私に発言を促した。
なるほど。新人であり一番年次が下の私から、意見を述べていくスタイルなのか。

「気になる点と言えば、伴走型リーダー、というところですかね。リーダーのタイプはいろいろあるでしょうから。ただ、事前にいただいた資料を見ると、昨今注目されている伴走型のリーダーシップを紹介する内容の研修を計画されているようですので、問題ないかと思います。」

先輩は一瞬ホッとした表情を見せたが、すぐに顔が強張った。

次の発言者は例の彼だ。
「厳しい金利環境、収益環境のなかで他行より一円でも多く貸出金を積み上げる必要があるって時に、一緒に悩んで寄り添っている暇なんてないだろう。そもそも、こんなもの巷に書籍があふれているじゃないか。わざわざこんなことをやるために、支店から役席を一日引き抜くってのか。こんな研修ならやらないほうがいい。金と時間の無駄だ。」
先輩の顔が真っ赤になる。

例の彼の発言以降、異口同音に否定的な意見が並ぶ。
最後に本部で営業推進部や審査部を経て、"指導部"にやってきた次長が、グループ長にお伺いをたてる。

「タイトルは再考だな。」
確かに、例の彼の意見はもっともだった。
自分の浅はかさに羞恥を覚えた。
ふと、先輩の様子を伺う。疲れ切った顔には、先ほどとは違い恐怖が張り付いている。

すると次長が
「ではタイトルは保留、再考ということで。おい、続けろ」と先輩に言い放つ。

驚いた。続ける?この状況で?タイトルどころか、研修の内容そのものを否定されたようなものじゃないか。
先輩は目を真っ赤にして黙り込んでしまった。

時計の針だけが動いていく。沈黙が続き、時折、衣擦れとパイプ椅子の軋む音が聞こえてくる。
誰も何も発言しない。私は伏し目がちに周りを見渡した。
先輩以外、顔色も変えず、黙りこくって眼だけを動かしている。

時間が経つにつれて、私は恐ろしくなった。
会議が始まって2時間。何も決まらないまま、時間だけが過ぎていく。
相当な準備と理論武装をしておかなければ、私も同じ状況に陥るのだ。
一刻も早く、自分の仕事に手を付けたかった。

その時、先輩が蚊の鳴くような声でリスケを申し出た。
「木曜会で再度、皆さんの意見を伺います。それまで時間をください。」

残りの議題は嘘のようにスムースに進み、全員一致で承認された。
今回の会議では次長とラガーマンが担当する研修についての議論が交わされた。
ラガーマンは某有名私大のラグビー部のキャプテンで、入行店舗は本店、次は審査部へ異動となり、そこから"指導部"へやってきたエリートだ。審査部では次長と上司部下の関係だったらしい。

時計は20時を少し過ぎていた。
会議が終わり、最後にグループ長が、ちょっといいか、と全員を見回して言った。
「すでに概要は話していたが、明日、働き方改革の名のもとに、現場に定時退行するよう下達するらしい。支店長団ミーティングで頭取から直々に、話をされるとのことだ。
我々に対しては 20時には退社するようにと常務から釘を刺された。今日以降、20時退行とするからそのつもりで。」

心底、驚いた顔をしたのは先輩だけだった。知らないのは先輩だけなのだ。
そうか。
この面子。先輩と私だけ、本部経験がない。
現場からの叩き上げだ。

歓迎会が開かれたが、先輩と私は蚊帳の外であった。
私は失望と孤独に打ちひしがれていた。
選民意識の強いエリート集団に放り込まれたのだ。

ー 奮起

久しぶりの始発電車に揺られながら、昨日の出来事を振り返る。
詰め込まれたスケジュール、一筋縄ではいかない会議、本部エリートのプライド、独特の文化、働き方改革・・

明るい材料などなかったが、ここで評価されなければ、今までの努力が水泡に帰してしまう。
それだけは我慢ならなかった。

書庫で過去のファイルに目を通す。三年目研修と銘打たれたファイルだが、途中から二年目行員を対象とした研修へと変わっている。

ここ数年、行員へ求められるスキルや営業目標項目、そのボリュームは増加の一途だ。、一方で、営業店の人員は削減され続けている。
つまり、若年層の早期戦力化が急務なのでだ。

長らく続く超伝金利や地方からの人口流出、異業種の銀行業参入など、地方銀行にとっては三重苦が重くのしかかる時代である。銀行本業のもうけを示す、コア業務純益が赤字に転落する銀行も出始めた。

ただでさえ、人件費の高い銀行が行員ひとりひとりの生産性向上を声高に叫ぶことは当然のことだと言える。

第一回目の研修は年度ごとに若干の違いはあれど、内容はほぼ似通っていた。自己紹介と今後のスケジュール確認、研修を受けるうえでの心構えといったもので、大きく変わり様がないのだろう。

ただ、会議が一筋縄ではいかないことは十分予想できた。
まず、第一の関門は研修名を決めることだろう。昨日の先輩の例もある。
第二関門は心構えだろうか。何を話すのか。この内容も熟考すべきだろう。

早々に、当日のスケジュールと運営メンバーを決め、研修名と心構えについての検討を始めた。

まずは研修名を考える。
過去の研修名は『二年目選抜研修~将来を担う人財として』『二年目行員研修会~若手のリーダー』『若手育成塾』など、ひとつとして同じものはなかった。
そして、命名にあたっての理由付けも、大筋は同じながらも言葉を変え、表現を変えて、なんとか自分の色を出そうと必死に絞り出したことが伺えた。

直近の会議資料はPCのフォルダ内に収納されており、昨年度のフォルダも参考にしようと、カーソルを動かし、クリックする。
しかし、そのフォルダにはロックがかかっており、パスワード入力が必要だった。
そう、例の彼が担当だった。

おそらく教えてはくれないだろう、と思いながらも、参考にしたい旨を伝えてみた。
「別に昨年のものを見る必要はないだろう。自分で一から考えるんだよ。言っただろう?
担当として何をしたいのかがはっきりしていれば、難しくないはずだ。」
取り付く島もない。

自席に戻る。
確かに、企画業務とは、その目的と担当者の想いが重要であろう。過去の例は参考程度に捉え、自分自身でこの研修の目的と意義を根本から考え、その内容を研修名で表現すれは良いのだ。

腹を括った。

入行二年目にして、優秀と判断された行員たち。さぞ、仕事熱心でモチベーションも高いのだろう。当行の未来を担う可能性の高い人材であることは間違いない。

そんな行員たちへ銀行が望むことはなにか。
銀行収益の柱である資金利益が縮小していくなか、既存のビジネスモデルにとらわれない柔軟な発想と行動力を発揮し、新たな収益基盤を生み出す・・。

どの銀行もさまざまな取り組みを行っている。
個人法人への運用商品販売、外為取引、住宅ローン、消費性ローンの取り込み強化はもちろん、関連会社と協業したM&A、仕組債販売、人材紹介、不動産紹介、DX化支援などだ。

また、内部的には無駄な事務の廃止や稟議や格付作業の一部集約化などの業務効率化にも注力している。そのため、DX 人財を積極的に確保している銀行も多い。

そのような既存ビジネスの知識だけでは不十分な時代となっていくなかで、当行に入行した優秀な若者たち。

そんなことを考えているうちに、執務室に先輩が現れた。時計はすでに:三〇を少し過ぎていた。
昨日はほとんど話はできなかった。
「おはようございます。早いですね」

小さく、おう、と言いながら、先輩はデスクに座った。
酷く疲れた顔をしている。

「昨日はびっくりしただろう。」
はい、と正直に答える。

「いつも、あんな感じってわけじゃないんだ。こんなこと言うと、言い訳してるみたいだけどね。たぶん、小西が転勤してきて、はじめての会議だったからってことも関係しているんだ。」
息をのんだ。先輩は続ける。

「オレがここにはじめて来たときも、同じことが起こったんだよ。小西と入れ替わって、出張所に異動になった、あの人もそうだったんだ。まあ、新人の気を引き締めるってことなんだろうね。」

私が言葉に詰まっていると、
「木曜会が初会議だろう?オレも散々だった。とにかく、耐えるしかないんだよ。二年か三年ここで踏ん張れば、上を目指せるんだ。がんばろうぜ。」

時計をちらっと見た先輩は、言葉を発しようとした私を制するように言った。
「そうそう。気が付いていると思うけど、オレと小西は歓迎されていないよ。伝統的に本部経験者やこの"指導部”に若いころから所緑のある人間しか、配属されなかったんだ。でも、役員連中の意向で、営業店からも人を採るように言われたらしい。だから、オレや小西が呼ばれたってわけ。」

「とにかく、オレは波風を立てたくないんだ。悪いけど、他のメンバーが居るときは、あまり話はできないと思う。ごめんよ。」

私は自席に戻った。慄然とした。
しかし、負けてたまるものか。。

ー 違和感の正体

「おい、もう二〇時になるぞ。帰れ。」
次長から追い立てられるように、執務室を出る。

火曜日もあっという間に終わってしまった。
木曜会までの時間はあまりに少ない。
しばらく、執務室の前で待っていた。ぞろぞろと全員が家路につくのだろう。歓迎されていないにしても、世間話くらいはできるような関係は作りたかった。

五分、一〇分と待ったが、誰も出てこない。
怒りが湧いたが、どうしようもない。
どうせなら、意地でも待ってやる。
三〇分を過ぎて、ようやく、執務室のドアが開き、グループ長が現れた。
「なんだ、お前。まだ居たのか?」

「はい。せっかくなので、一杯お付き合い願えませんか?」

「あぁ、いいよ。」

拍子抜けした。あっさりと受け入れられるとは思っていなかったからだ。

ビルを出てから、グループ長の行きつけの店へ向かう。
道すがら、グループ長と他愛もない会話を交わす。なんの隔たりもなく、気さくに話をしてくれることに心底驚きながら、救われる想いがした。

五分ほど歩いた。家庭料理「いつみ」と書いてある小さく古ぼけた電光看板が路地に置かれていた。

年季の入った木戸をガラガラと音を立てて、開ける。
カウンターと小上りが二つあるだけの小さな居酒屋のようだ。

カウンターからひょこっと顔を出した女性が、グループ長を見て笑顔で、おかえりなさい、と言った。

やあ、と手を挙げて答える。
「今日は新しい客を連れてきたよ。」
彼女は、私を見て
「来てくれてありがとうございます。いらっしゃい。」とほほ笑む。
グループ長は迷うことなく小上りへ座る。

「どうだ。歳はオレと同じくらいだけど、美人だろう?」
はい、と答えて、カウンターのほうに目をやる。
ほっそりとした体形で、長い髪を後ろに束ねて三角巾をつけているため、顔がはっきりと見える。少し面長のハッとするような、美形だ。

一杯目のビールを半分ほど一気に飲み干す。
「どうだ。まだ二日だが、ハードだろう。早く帰らないといけない分、ずっと気が抜けないんじゃないか?」

そうだ。相変わらず、必要最低限のことしか、質問は受け付けてもらえないので余計に時間がかかる。
それでいて、夕方の勉強会に駆り出され、時間になれば、追い出される。
この二日間、ほとんど自分仕事はやっていない。

「作業量が本当に多いですね。その割に自分の作業をする時間がない。先輩方も忙しくて、なかなか質問もできません。」

私の言葉に非難めいた響きを感じたのだろう
「そうだな。お前の指導係のアイツは昔から”指導部”とのつながりが深い奴でね。オレも若い頃、一緒にメンターとして研修に呼ばれたこともあった。この仕事に対してのこだわりが強くて、他人にも厳しい。ラグビー部のアイツも同様だ。まぁこの二人は優秀だよ。」

なるほど。昔からグループ長は、あの二人面識があるわけだ。
「二人ともこだわりが強くてなぁ。オレに対してもいつもごり押しに押してくるよ。なるべくスムースに仕事が進むようにしたいんだがな。」

なんとなく、グループ長のひととなりがわかってきた。
私に対しても気を遣うような人なのだ。
よく言えば、物腰が柔らかな紳士。はっきり言えば、事なかれ主義で、優柔不断、声の大きいほう、力の強いほうを見極めて、自分の立ち位置を決めてきたのだろう。
つまり、このグループ長は職場内で私の味方をしてくれることはないということだ。

「なぜ、今回、私だったんでしょうね。自分がここにくるなんて、思いもよらなかったのですが。」

少し考える風にグループ長は答える。
「うちは少々偏った人選になっていたからなぁ。実は転勤についてはグループ長と人事部で協議して決めるんだよ。そして、オレが長になってから、現場からも優秀な行員を入れろと、人事部から強く言われるようになってね。例の常務だよ。あの人は本気で危機感を持っているんだろうな。研修に現場の知見を反映させるべく、お前が選ばれたのさ。」

おそらく、この話に嘘はないのだろう。昨日の常務との面談を思い出す。
ただ、これが事実だとすると、“指導部”にいた人間にとっては、面白くない話だろう。
今までの自分たちの仕事では不十分だと言われているようなものだ。

特にエリートを自任する人たちだ。これが歓迎されていない理由なのだろう。
違和感の正体がはっきりとわかった。

#創作大賞2024 #ビジネス部門


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

サポートをお願いします🤲 生きていかなければなりません。