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「情景」について(『鼻』『山月記』)



散歩


やる気が出ないけれども家の中にいたくないときは、散歩することが多い。

散歩コースにある公園のベンチに腰掛けて休んでいると、家族と思しき四人組がやってきた。
父、母、子ども二人。シャボン玉で遊び始めた。

それをぼんやりと眺めていた。


今思えば、彼等は自分の中で景色の一部になっていたような気がする。



『鼻』の「情景」


「情景」という言葉は、学校教育の現場でよく使われがちだ(と思う)。


国語の授業で小説を解釈する際、「天気」や「自然物」についての描写を見つけたらとりあえずそれを「情景」と読んでみる。

「情景」の意味について十分に考えられていないのにも関わらず。

私自身がそうだった。


小説に出てくる「天気」や「自然物」が全て「情景」であるとは限らない。

今日はそのことについて少し考えたい。

辞書が無いので手元のスマホで調べてみると、「情景」とは、「心にある感じを起こさせる光景や場面」(デジタル大辞泉)であると記載されている。

人間の「情」とリンクした「景」が「情景」であると言えそうだ。

だとすれば、これは「情景」と呼べるだろうか。

翌朝、内供が何時ものように早く眼をさまして見ると、寺内の銀杏や橡が一晩の中に葉を落としたので、庭は黄金を敷いたように明い。塔の屋根には霜が下りているせいであろう。まだうすい朝日に、九輪がまばゆく光っている。禅智内供は、蔀を上げた緑に立って、深く息をすいこんだ。

芥川龍之介『鼻』

ここで描写される「景色」が、「内供」の眼が捉えた「景色」であるならば、「情景」だといえるだろう。
鼻が元の通り長くなったことを知った「内供」の「はればれした心もち」とリンクしていると考えられる。

ただし、『鼻』ではこのような「光景」が、「内供」の「はればれした心もち」に先行している点には注意が必要だ。

おそらくここには書き手の意識的な方法がある。

『山月記』の「景」


もう一つ引用してみる。

時に、残月、光冷ややかに、白露は地にしげく、樹間を渡る冷風はすでに暁の近きを告げていた。

中島敦『山月記』

俺は昨夕も、あそこで月に向かってほえた。誰かにこの苦しみが分かってもらえないかと。しかし、獣どもは俺の声を聞いて、ただ、懼れ、ひれ伏すばかり。山も木も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に踊り地に伏して嘆いても、誰一人俺の気持ちを分かってくれる者はない。

ここに「情景」はあるか。おそらくない。

虎となった「李徴」の「情」を、「月」をはじめとする「景」は決して受け入れない。

『山月記』には、「情」と峻別された「景」そのものが表現されている。


最後の場面で、虎になった「李徴」は、友人の「袁サン」に、遠くから自分の醜悪な姿を見せつける。

一行が丘の上についた時、彼らは、言われたとおりに振り返って、先ほどの林間の草地を眺めた。たちまち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼らは見た。虎は、すでに白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、また、元の叢に踊り入って、再びその姿を見なかった。

どうして「李徴」は「袁サン」に、自分の姿を見せたのか。

本文には「我が醜悪な姿を示して、もって、再びここを過ぎて自分に会おうとの気持ちを君に起こさせないためである」と書かれている。

だが、おそらくもう一つ理由があったのではないかと思う。

それは、虎になった自身を「景」と一体化させるためだ。
自身を拒んだ「景」と、もう一度、繋がろうとした。

そのためには「袁サン」に遠くから見てもらう必要がある。

だから「李徴」は「また、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に登ったら、こちらを振り返ってもらいたい」と言ったのではないか。

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