【長編小説】 閉じこもりの日々に別れが来るまで #2
1999年4月某日
「先生、今日はお越し頂き、ありがとうございます。さあ、中に入ってください」
初めて家庭訪問に伺ったのは、夕日が落ちる頃だった。
「遅くなりまして、申し訳ありません。優さんはいらっしゃいますか?」
彼の名前は、青野 優と言った。
「ええ、息子は居るのですが、トイレとお風呂以外はずっと部屋の中に籠りっきりで」
「そうですか。御飯は食べられていますか?」
「はい、御飯は時間になると私が部屋の前に用意しておりますので食べています」
「先に優さんとお話をさせてください」
私はお母さんに部屋まで案内されると、部屋の扉の前で自己紹介をした。
すると、扉の向こうから声が聞こえた。
「先生、勉強が出来たら、何か良いことはありますか?」
突然の質問に、私は言葉に詰まってしまった。
「賢くなったって何も良いことなんてない。この世界では通用しない。どんなに偉くても、そんなものは何の役にも立たないですよね」(つづく)