【超短編小説】 一杯、良いですか
ふらふらと歩きながら、仕事終わりに駅に向かう。
「何とか今日も終わったな」
誰かと話せているようでいて、どこか伝わらなかった言葉が溜まる。
このまま帰ったところで何も晴れやしない。
小さなわだかまりが心に居座り続け、私を蝕んでいく。
すると、突然、野太い声が聞こえた。
「兄ちゃん、飲んでかへん」
顔を見上げると、居酒屋の前で呼び込みをする屈強な男がそこに立っていた。
いつもなら通り過ぎるはずだが、足を止め、
「一杯、良いですか?」と私は言ってしまった。
「席は空いとるから。さあ、中入って入って」
男に勧められるまま、店内に入ると、軽快なBGMと共に美味しそうな匂いがした。
私はビールを注文して一口飲み、突き出しの枝豆を齧った。
その瞬間、私は「これだ。これだったんだ」と思った。
そう表現するぐらいしか思いつかなかったが、確かにそれだった。
同時に、喉から流れていく泡が心を洗い流した気がした。
店内の張り紙にはこう書いてあった。
【ぼちぼちでええやん】(完)