【超短編小説】 電車にピース
彼は、いわゆる撮り鉄。
ホームの一番前まで走っては、カメラに電車を収める。
「次は5番ホームに新型車両が入って来るんだ」と、レストランで大好物が出されるかのような顔をする。
私は何が楽しいんだろうと思いながら、いつになくテンションの高い彼を横目に見ていた。
たぶん、今の彼を止めることは出来ない。
私なんかそっちのけ。
彼の目に映るのは遠くから迫りくる銀色の輝き。
ふいに、私は思う。
「電車に負けたくない」
ポケットからスマホを取り出すと、
カシャと小さく乾いた音を鳴らした。
そこには真剣にカメラを構えた一人の撮り鉄が写っていた。
ほら、私の方が上手いじゃん。
「私の勝ちだよ」
通り過ぎていく電車に向かって、大きくピースした(完)